2003年8月
8月2日
仕事その他で疲れきった精神をいい加減癒したくなった今日この頃。
ここ最近は、とにかく仕事を必死で片付けているといつの間にか1日が終わっているとかいう状況でして、ストレスが癒されている余裕もない感じでした。
こういう時には旅に出るに限ります。というわけで広島に旅立ちました。
この1週間前あたりから、宿の予約などしてはいたんですが、この宿の予約、どういうわけかえらく難儀していました。どこを回っても8月2日は全て満室。後にかろうじて宿をゲットはできたんですが…。
その謎は今治駅前のバス乗り場で解き明かされまして。
なんでも、この日広島ではSMAPのコンサートがあったらしく、とにかく人が集まってくるのだとか。その関係で今治から広島に直行するバスも満席で乗ることが出来ず、仕方なく福山経由で行くことに。
でもまぁ、こんな機会でもなければ山陽本線なんか乗ることもないわけだしえぇかぁ。
2時間ほどゆっくり車窓の景色を眺めながら、広島へ。
道中新尾道大橋の下を潜ったのにはちょっと驚いた。こんなところを走っていたのか…。
広島到着後はまずアッセを覗いて、その後は市電で紙屋町へ。紙屋町周辺をしばらくうろついた後、宿方面へと移動…。
と、道中献血車と遭遇。チェックイン時間まではまだ多少余裕があったんですが、今日は朝からほとんど飲まず食わずの上睡眠時間が4時間程度しかない状況だったので、やろうかどうか迷ったんですが…結局「経歴詐称」してやることにしました。5月に1回献血車を逃したことがあるし、後で「やっときゃよかった」と後悔して暗い気分になるよりは、今やっておいてすっきりした気分になっておきたかったというものあって。
んで400mlほど血を抜いたわけです。さすがに終わったあと、少しクラクラしましたが(汗。
この日はBJにてべるさんと待ち合わせ。べるさんを待つ間、僕はビマニやフォースやクレタクで暇を潰してました。
フォースをやっている最中、後ろでお姉さんがこちらのプレイを眺めていることに気がつきまして、しかもその手にはカードが握られていたことから、「お、女性プレイヤーの方か」と思いつつテムAでアジム狩り(ここまで1度も後ろを振り返ってはいなかったり。全て画面の写りこみから得た情報)。
その後お姉さん(エンジェ慰撫使いだった)がプレイ開始したんですが、2面で早くも落ちそうになっている程の初心者だったのでリアルレスキューに入りました。
ヤガまでは連れて行けるといいなぁと思っていたところ、お姉さんのレスキュー竜に助けられながら(涙)どうにかヤガに到達。
しかしヤガからのロックがかかっていなかったのをいいことに開幕メガホーミングを撃ったところ、ヤガから開幕に飛んできた拡散レーザーにお姉さんもろとも朱イータ焼かれる(涙。結局そのままリーダー機朱イータは轟沈しゲームオーバー。
かっこわるー(涙。
べるさんと合流し(仕事が遅くなった上、諸々の都合でこっちまで全力ダッシュだったらしく、汗だくの上肩で息をしていらっしゃった(涙)。急がせてしまって申し訳ないっす(涙))。メシを食べた後パドックへ。道中グランツ3の話題(というよりもトヨタ最後のル・マン参加車TS-020の話題)や車の改造の話題でちょっと話し込む。
まずは足回りを固めるのが基本であり、僕が過去にやったようにいきなり軽量化は間違いじゃないにしても微妙だそうで(ミニ四駆の感覚だったんだよねぇ、あの時は)。
パドックでは朱イータはべるさんの足を引っ張ってばかりでした(涙。
むしろテムFの方がいい仕事をしていた罠。それでも勝てませんでしたが。
そして朱イータ、べるさんと組んでいない時に限って5連勝(涙。
ゴミみたいな相方で申し訳ない(血涙。
今日の宿はパドックからかなり離れた場所、というかBJの近所にあったので、そこまで徒歩で移動して帰りました。
広島の夜景も、これまたのんびり眺める機会がなかったものですから、川沿いに歩きながらゆっくりと堪能してきました。
色々と遠回りをすることが多かった一日でしたが、そのおかげで今まで見られなかったものを色々と眺めて回ることができました。
単純に考えると、何か他の要因で遠回りする羽目になるというのは「厄介ごと以外の何ものでもない」のですが、考え方一つで厄介ごと以外の何かに変化しうる。要はその「考え方一つ」ができるだけの心のゆとりが必要だ。
今日はこんなことを考えさせられました。
8月3日
宿を出た後、荷物をバスセンターのコインロッカーに預け、1週間後に迫った仙台行きの航空券をGETするためANAを探して放浪。
ANAは八丁堀のあたりに見かけた記憶があって、たしかにそこにあることはあったんですが今日は閉店していたというオチが(涙。
コインロッカーまでの道中をちょっと追記。
この日は平和大通りをちょっとだけ歩いてきました。その途中道の脇に「さくら隊受難碑」というのがあり、通りかかると黙祷ぐらいはしていくのですが普段はその存在自体を忘れがちになるのでメモ。
昼過ぎにパドック着でべるさんと合流。
で、例によって延々とVO(どちらかというとオラタン)してたわけなんですが、今日は707GのRTボムが近接距離でガンマシールドみたいにサイファーを吹き飛ばしていたのがステキでした。あとサーフィンをSLCに正面からぶつけて撃墜したんで満足しました。勝てませんでしたが。
仙台行き(正確には羽田行き)の航空券は、広島駅構内でGETできました。
帰りはバスの中でぶっ倒れるように就寝。
気が付いたらもう尾道で、新尾道大橋の下に確かにレールがあるのを確認できました。昨日はあの場所を走っていったのか。
そして今治に着いたあたりで、花火大会が始まりまして。
さすがに会場までは距離があったので出かけませんでしたが、それでも今治駅のホーム(三階)から電車が来るまでずっと眺めていました。
今年は花火を見る機会には恵まれないと思っていただけに、今回の遭遇はすごく嬉しかったです。
あの音や輝きを見ているだけで、なぜか嬉しくなるんですよねぇ…。
8月6日
最近バテ気味で、仕事から帰るとすぐにぐったりと寝てしまうんですが、今日は23時ごろを覚ました時に、旧友K氏から電話が来ました。
いや、久しぶりだったので嬉しかった。某有名電子メーカーに就職したK氏は、なんかこちらよりも激務の日々で、帰りが毎日23時とか研究室時代とほとんど変わらない日々を送っているのだとか(汗。
でも、バテている僕よりもずっと元気に頑張っているみたい。
こりゃ、負けてられんわ。
なんにせよ、2ヶ月ほど前から始まった重い流れが少しずつ変わりつつあるのを感じる。
8月7日
「周りを気遣う気持ち」ですか。
「変わろうとする意思」ですか。
やってやろうじゃないですか。
そのかわり、まずは僕なりのやり方で。それがうまく行かなかったらその時はお願いします。
ただ、最初から邪魔はやめてください。
その時は自分の心を守るために、食いちぎります。
8月10日
いよいよ待ちに待った、仙台への移動日。
会社の納涼祭が台風の関係で31日に延期になったので、10日は朝から自由に動けることになってました(本当は前日の9日から自由だったんですが、その日から移動できたかどうかは微妙。まだ台風が関東の近くにいたので…)。んで10日は朝4時起き、5時の列車で松山に向かい、7時40分の飛行機で羽田に飛ぶというある意味ハードなスケジュール。
ちなみに、この日は2時間ぐらいしか寝てなかったりします(死。
明け方の駅で、キハ58に乗り松山へ。
松山駅前から空港行きのバスに乗り、滞りなく松山空港へ。間髪いれずにチェックイン。窓際席ゲット。
空港のレストランで朝食後、飛行機に乗って羽田に移動。
羽田から東京駅に移動し、新幹線の時間までちょっと間があったので、本屋で暇を潰すことに。
そこの新刊コーナーにて、神林長平著「親切がいっぱい」という本を発見。迷わずゲット。
新幹線の車内ではさすがに力尽きて寝てましたが(死)、それでも福島のあたりで目が覚めてはいたんです。
したら、福島を出た新幹線がなぜか線路上でおもむろに停車。
アナウンス「車両に異常があることを示すランプが点灯しましたので、今から運転手が点検に参ります」
…まさかいつものパターンか(涙?
結局、白石蔵王で点検停車し、20分遅れで仙台駅に到着。まぁ動いただけでもいいかぁ…。
仙台駅に到着した瞬間、僕が感じたのは懐かしさではなく、「自分がそこに居るのが当然という感覚」、あるいは「これまでずっとここで生活してきて、これからもここで生活していくかのような錯覚」とでも言うべき感覚でした。
なんか、あまりにも違和感がなさすぎた…。
コインロッカーに荷物を放り込んで、地下鉄に乗り込み泉区に移動。
まずは、八乙女駅から八文字屋書店へ。
本当はシエナまで行きたかったけど、時間の関係で断念。30分ほど八文字屋で昔のように立ち読みして過ごす。
その中で偶然目に留まった「虹のつばさ」という文庫を買う。
八文字屋からバスで泉中央まで移動し、さらにそこから泉パークタウンに向かう。
まずは3月24日に中に入れなかった宮城県図書館。ちょっと配置が変わっていたけど、特に地震のダメージとかは残ってなかった模様。昔よく立ち読みした本をまた読んでみたりなどしてゆったり過ごす。
ここでもやはり、そこに居ることに「違和感」を感じない自分がいた…
閉館を知らせるメロディが流れ始めた後、紫山に移動。
まるで準備されたかのようないい天気。昔よく写真を撮ったスポットで、夢中でシャッターを切る。
ここでは、さすがに「帰ってきた」という感慨があったなぁ…。
久しぶりの紫山公園。
そして久しぶりの2丁目公園。
思い出したことは、この場所が僕にとっての「原風景」になっているということだった。
四国で似たような景色には何度か出会ったけど、この「原風景」の代わりには絶対ならないんだ…。
そういうことを思い出しながら、「黄色いからす」へ。
突然現れたので、ご主人はさすがにびっくりしていらっしゃった(涙。
でも久しぶりに、ご夫婦に会えて嬉しかった。地震のダメージも(あったのかもしれないけど)見受けられなかったし…。
夕飯時の忙しい時間だったので、ご主人とはあまり話ができずちょっと残念だったのですが、その代わりにHP開設という情報を得たので、来たかいはありました。
夕食後街に移動し、宿にチェックイン。そしてクラセガに移動。
クラセガには久しぶりに会うはずの面子が集まっていました。
ただ、ここでもなぜか「久しぶり」とは思えず、あたかも昨日まで一緒にやっていたかのような、自分がここに居るのが当然とでも言うような錯覚にとらわれた自分が居ました。
この日は久しぶりに、犬氏と共闘。したら松山や広島では考えられないほど勝ってしまった(涙。
挙句、疲労してCPUとか始めた自分(涙。
犬氏とは式神2でも共闘(こーたろー&ろじゃー)。
この二人は噂以上にスゴいコンビだった…(涙。
バトル後、みんなでドンキーに移動してメシ。
その後はカラオケ組と別れて、僕は宿へ。
結論から言うと、やたら濃い一日でした。
心残りはERO君やヒロネさんと(ERO君はちょっとだけ対戦できましたが)遊べなかったことですが、それを差し引いても、今までのダウナーな日々が嘘みたいな、最高の一日でした。
8月11日
まずは、E-Beansで本を探す。この中で「魔法遣いに大切なこと」の小説2巻をゲット。
これがまたいい話だったのですが、それはまた後日…。
その後、バスで昔住んでいたあたりに移動。
…やっぱり、この辺もなぜか懐かしいとは思えない。ずっと今までここに居て、これからもここで過ごすような錯覚にとらわれる…。
サンクスで昔のように本を立ち読みして、その後は昔住んでいたアパートのところを通って裏のスーパーへと移動。
僕が以前住んでいた部屋には、もう別の誰かが住んでいました。
その瞬間だけは、「もう僕はここの人間じゃないんだなぁ」と思ったりもしたんですが。
裏のスーパーに入った瞬間、その錯覚は最大になりました。
少し店が変わった気もするけど、僕が仙台を去った時とほとんど変わらない店内。昔と変わらない景色。
思わず長居してしまって…。
かんちぇんが2階に出店していたんですが、奥さんには結局会えずじまいだったなぁ…。
最後に、下の行きつけだった定食屋で冷やし中華を食べて店を出ました。
ここの奥さんとはちょっと話が出来て嬉しかった。
水の森橋経由、昔よく散歩したルートをたどって、再びバスに乗り駅前に。
その後は仙台港に行ってました。
昔よくいた公園で、ぼーっとしながら船を眺めていたり。
ただ、多少なりとも船の知識が付いているので、眺めながら色々と考えてしまい、そのせいで「四国の住人」としての自分に気が付いたり。
仙台港はさすがに少し「懐かしい」とは思ったんですが…
クラセガに行く前に金港堂に寄ったんですが、ここもやっぱり違和感を感じないエリア。
というか一番町全体がそんな感じだったんですが…。
クラセガではヒロネさんと再会。
犬氏やSHOさんを交えて、まずはAHOライデン戦(爆。
その後徐々に人が増えてきたので、普通に2 on 2。…結局、ヒロネ&SHOペアには未だにかなわなかった(涙。
ドンキーでメシのあと、犬氏&LARUさんと雨の中雑談しながら宿に。
懐かしい「はず」の空気だったんだけどなぁ…。なんで違和感を感じないかなぁ…。
僕はかなりどっちつかず、というか未だ四国の人間になっていないのかもしれないなぁ…。
頭のどこかに、未だに仙台に住んでいると思っている部分でもあるのか、それとも頭の中で時間が止まってしまっているのか…。
8月12日
午前中は紫山、泉中央などを散策。
セルバやイトーヨーカドー泉中央店には年単位で久しぶりに行ったけど、今度はさすがに「懐かしい」と思った。
うーん、「懐かしい」って思う条件は一体何なのだろうか…。
午後は仙台に来ていた家族と合流。少し買い物をした後、車で仙台を後にし、実家へ。
仙台は、来ようという意思さえあればこれからも何とか来れるだろうと思った。
紫山の原風景や、黄色いからす、クラセガにも時間さえあればこれからも行くことが出来るだろう。
多分、そのことが今回の一番の収穫なのかもしれないなぁ…。
またいつか、必ず。
8月13日
父方の実家の迎え盆。
さすがにこの辺になると疲労が激しく、ぶっ倒れて寝ていたかったのですが、親戚の来訪などもありそうも言っていられなかった罠(涙。
久しぶりに、母方の祖母に会ってきました。
なんていうか…だいぶ痩せてしまっていた…。でも僕のことはわかってもらえた。
元気で、とはいかないかもしれないけど、でもせめて生きていて欲しいと思った。
8月14日
東京にある母方の祖父の墓参りに行き、その足で川崎まで移動。
ピアッジオにてEvil-Griffinさんと会ってきました。
最初、仙台でAHO戦をやった後AHO(All Headupdisplay Off)になったままのTASOGARE銘E2でCPUしてたんですが、この時はまだえびるんさんは現れず。
んで暫くして、僕が犬氏罪/rAIを連れてデルタで遊んでいると、RNA側に新しい人が座ってまして、その人が金スペを使っていたので光の速さで自爆(爆。
一瞬考える。「CPUやっている人に乱入しかけるのはいかがなものか…。でもそうでもしないと、こっちのことをわかってもらえないだろうなぁ…」
というわけで、結局E2で特攻をかけたわけです(爆。
乱入した後、AHOのままだったことに気が付いて青くなっていたりしたんですが(涙。
この乱入でお互いの存在を確認しあったえびるんさんと僕は、しばらく(ピアッジオには珍しいと思われる)2 on 2対戦で戦い続けていました。1 on 1もやりましたが。
結局、デルタでは勝てませんでしたが(涙。
久々のJ/cは妙に調子がよかったですが(爆。
その後は延々と二人でCPU。
朱イータ&金スペで組んだときには、勝利シーンや中間デモ、エンディングなどの写真やムービーを「両方の席から」撮影したりw。
気分転換にとやったポップン、通りすがりのおばさんが僕のプレイを見て感激していらっしゃった…。
初めてだなぁ、こういうのは…。
ちなみに、「パタパタママ」はまだ2回目のプレイで、ほとんど反射神経だけで叩いていたりしたんですがその辺は秘密の方向で(死。
帰りがけ、えびるんさんにシュークリームをご馳走になりました。
保冷剤がもっと長持ちするなら、実家に土産に持って帰りたいと思ったほどうまかったです。
また機会があったら、よろしくお願いします。
べるさんに私信>
ルナ・ヴァルガーだそうな(謎。
その後は、ムリヤリ大宮駅経由で「横一」を聴いて帰宅。
8月15日
疲労で1日中死んでました(涙。
途中ちょっとだけ出かけたらば、外出先で雨に降られてしばらく帰って来れなくなった罠。
また本を1冊買ってしまいました。帰りの荷物大丈夫なのか(汗。
8月16日
太田の高林ラブに行ってきました。曲名を知らないあの曲を聴きながら、3時間ほど時間を潰してまして。
ラブはやっぱり懐かしい、とは思えない場所に入るっぽい。
そろそろ「懐かしい」と思える条件や法則性が見えてきたような気がする。
人生をいくつかのシーンに区切った時、いま自分が居るシーンに関連する場所に関しては、「懐かしい」とは思わないっぽい。特に強く関連している場所については、たとえ長くそこに行っていなかったとしても「懐かしい」とは思わず、むしろ「そこに居るのが当然」というような錯覚をする。
逆に、すでに終わったシーンに関連する場所には「懐かしい」と感じる。
大体こんな法則があるみたいだった。
つまり、僕の中では、仙台で暮らしているシーンがまだ終わってないのだろう。あの錯覚はおそらくそのせい。
だとすると、かなりマズイ…(汗。
四国に戻ったら、新しいシーンを始めないといけない。
じゃないと、時間がいつまでたっても進まない…。
久しぶりにル・マン24をプレイ。今回は12時間ちょっとすぎでリタイアしましたが(涙。
このゲーム、完走できる仕様なのか…?
某所の掲示板より、自分が「規格外の人間」だということを考えさせられる。
会社では「ある規格に収まること」を求められ、それが今の自分とあまりにもギャップがあるので苦しみ続けていたけど、規格外なら規格外なりのやり方があるのかもしれない。
問題は、そいつの有効性を会社や上司にどう認めさせるかだけど…。
自分を捻じ曲げたり、壊したりするよりも、そっちに行ったほうが僕には向いているかもしれないなぁ…。
8月17日
日記をまとめて書いていたら、午前中が終わってしまった罠(涙。
せっかく雨が上がっていたのだから、せめてちょっと出かけたりしたかったなぁ…。
今日は四国に帰る日なので、父方の祖父宅にまず挨拶に。
ごく短い時間ではあったけどおしゃべりをし、最後に家を後にしようとした時に、祖父も祖母も目に涙を溜めてました。僕はあえて何事もなかったかのように振舞って、別れの挨拶を交わしましたが…。
また、昼食後の空き時間を使って、介護老人ホームに入っている母方の祖母にも挨拶してきました。
時々母の名前もわからなくなるという祖母でしたが、先日と同じように、というかむしろはっきりと僕のことがわかっていたようでした。
消え入りそうな、よく耳を澄まさないと聞こえないような声で、でも祖父が生きていて二人で元気に暮らしていた時と同じように、「体に気をつけるんだよ」「風邪を引くんじゃないよ」と言ってくれた。「大丈夫だよ」と言ってやったら「元気でね」と。
もうそれだけで十分でした。
帰りがけ、「実家に帰ることには意味がある」と思い始めていました。
こっちで仕事に精を出すのもたしかに大事で、彼らもそれを期待してくれているのだけど、でもやっぱり、実家に戻って時々顔を見せることも大事なんじゃないかな、と。
今年の正月、元気だった祖父は実にあっけなく急逝したし。自分も含めて、誰がいつどうなるかなんかわからない。
だから、会えるときに会うことは重要なんだ。
亡くなった祖父には色々と聞きそびれた話もあったしなぁ…。
愛媛の独身寮に帰還後、べるさんに頼まれた調査の傍らANAの9月の料金を調べていました。
今度は片道2万しないで行けるっぽい。貯金を使うことになるかもしれないけど、やっぱり9月に一度帰っておこうと割と本気で決意。
独身寮から仙台にも昼過ぎまでに行けるぐらいだから、実家の辺りならたやすいだろう。あとは、意思…だね。