2003年5月


5月2日

長い社員研修のなか、企業でやっていくための色々な知識を教え込まれてきて、自分でも色々と考えることがありました。
ただ、その中で「社会人的な考え方」が身についていくのと引き換えに「なぜ自分がこの仕事を望んだか=自分のルーツ」が自分の中でどんどん薄まっていく感じがまた確実に存在していました。
そこで、この連休を使って旅行にでも行ってリフレッシュし、ついでにネットの知り合いとオフで会ってみようと思い立ったわけです。

今回企画したルートは以下の通り。
全行程:3泊4日(5/2〜5/5)
5/2:広島に1泊。velvetさんに会う。
5/3:神戸経由で大阪天王寺に1泊。神戸にてDRACHEさんに会う。
5/4:特に予定なし。夜に天王寺にてmillionさんに会う。
5/5:午前中は予定なし。午後松山まで飛行機で移動、帰還。
初日に原爆ドームを見る以外は、全く何も考えていない行き当たりばったり旅行(爆。


前日夜更かししたせいでいきなり寝不足だった僕は、広島までのバスの中で爆睡。
気がついたらすでに広島だった罠。

広島にはすでに一度来ており(その時velvetさんにも会っている)、原爆ドームがバスの到着地点から近いことも知っていたので、早速見物に。

原爆ドーム。

慰霊碑。


修学旅行と思しき一団が結構いました。
それ以外でも、世間一般では平日のはずの今日に結構人が…。

この原爆ドーム、ビル街の中に埋もれるように建っているようなイメージがあり、なんだか戦争の記憶ごと周りに飲み込まれていきそうな思いにとらわれました。
この周りを見ると、とてもこの建物が今の姿になった時、跡形もないほど焼け野原になったとは思えないほど華やかになっていて。その辺、ちょっと複雑な思いがありましたわ。
ただ、平和記念公園の入り口付近に、色鉛筆画に詩(それも平和を願うもの)を添えて売っている人や、語り部と思しきおばあさん達がいました。それを見つけた時にはなぜか安堵が…。

モニュメントだけじゃなく、それに根ざす想いや記憶もちゃんと後世に語り継がれて欲しいなぁ…。

ふと思ったのは、バクダットの現状。あそこも今相当にひどい状況のはず。
向こうには、この手のモニュメントが何か残るのだろうか…。平和への願いを象徴する類のものが。


宿のチェックインまで時間があったので、パドックにてしばらくフォース。
べるさんは来るのがちょっと遅れるそうなので、チェックイン後ちょっと広島駅ビルにて買い物。崩壊した財布の代わりを緊急購入。

その後再びパドックに行き、しばらくするとべるさんがオラタンをやっていらっしゃった。
オラタン終了後挨拶を交わし、velvet機マイザーイータと1 on 1対決。
結果:敗北(涙。不用意なD攻撃に的確にCWを合わせられ轟沈する朱イータ。まだまだ暫くはこの人にはサシで勝てないか…。
しばらく共闘・対戦をこなしつつ(しかしながらべるさんと組んだ時に限って、僕が芋って負ける(涙)。本当に申し訳ない)、適当な時間に二人でマクドに移動、夕飯タイム。

ここでお互いにみやげの交換(僕からは以前ヒロネさんからもらったイータ動画を焼いたCD-R)。べるさんは鉛筆画をくれたんですが、見えた一枚目にいきなり「鼻血を出しすぎて貧血にならないでね」とか書いてあり。

べるさん「ウチのBBSには、今度はURLを張らないで下さい

どんなスゲェシロモノかと思ったわけですが、後で見て本当にスゲェシロモノであることがわかりました(爆。確かにこれは…張れん(涙。


その後パドックに戻り、再びフォース。
べるさんがおもむろにVHを作ったり、僕のテムAがJ/cになったりしながら色々やっているうちに、いいかげん集中力が切れてきて「これを最後の出撃にしよう」と思った矢先。
なんか相手チームがガンマ二体に(涙。
はっきり言って、この時点ではガンマに対してイータでどう立ち回ったものかさっぱり見えてきていなかったんですが、とりあえず僕はイータカードを取り出し、相方のべるさんもイータで出撃。
この組み合わせは普通だったら絶望的なはず…だったんですが。

1セット目は、まさに蹂躙されて終了。
もう手も足も出せずに殺されていきました(涙。
んで、考えたわけです。「正面からぶつかって勝ち目がないのなら、位置取り&支援のパターンでダメージを奪うしかない」と。
そして2セット目。さすがにそうそうはうまく行かず、近接で斬られたりフォースをもらったりしながら40%ぐらい差がついて残り数秒。
この時敵2体が密着といっていいほど固まっており、ちょうどこっちのCWゲージが満タンだったのでカウント0と同時ぐらいにぶっ放したのですが、はっきり言ってもう負けたと思ってました。したら表示されたのが、なんとダブルイータの「地獄に落ちろ!」のポーズ。
タイムアップ直前に、CWが当たってライフが逆転していたらしいのです。どよめくギャラリー。

そして3セット目。僕は目の前のガンマを適当に相手しながら、移動最優先でvelvet機に支援を送れるポジションを確保、CW支援を送って離脱ということを繰り返す。このCWが何回かHITし、それなりに相手のライフを奪うもののやはり合計ライフで負けたまま迎えたタイムアップ間際。
あと攻撃のチャンスはせいぜい1回という状況で、距離計を見てみたらちょうど敵リーダがメガホーミング(TCW)の有効圏内に。しかも軸を合わせたまま空中バックダッシュで逃げていく。
だめもとでぶっ放したら、これが命中。そして…撃墜!
この瞬間、僕は叫び、ギャラリーは沸き、べるさんに拝まれたという(爆。

「奇跡だ…」とギャラリーの誰かが言ってましたが、確かに奇跡だった。こんな仕事はもう当分できる気がしませんわ。
その次のテムジン戦では負けちゃいましたけどね(涙。
でも、この戦いで位置取りの強さを実感しました。サシで戦っても勝ち目がない相手でも、こうすれば立ち回れる希望が見えましたわ。

この日はここで、べるさんと別れて宿で就寝。


5月3日

10時ごろ神戸に向かって移動。
12時前に新神戸駅に着。しかし神戸についてはほとんど予備知識もなく、さてどうしようかと思っていたら観光地案内に「南京町」の文字が。

南京町という場所は、だいぶ前にここを舞台にした小説を読んで知っていたことをこの瞬間思い出しまして。じゃあ行ってみようかと思い立ちました。
そして地下鉄に乗り込んだわけなんですが。

そこでもう一つ、地下鉄の終点「西神中央」がちょっと気になりました。
神戸の地下鉄は郊外のニュータウンまで延びていて、その辺りでは地下鉄というよりも山の間を抜ける感じの郊外電車という趣になると、以前本で読んだことがあったので。
DRACHEさんと会うまで時間があったので、ちょっと行って見ることにしました。

西神中央(西神ニュータウン)はなんだか懐かしい感覚があったんですが、後で思ったら景色が仙台の泉中央に似ていたんですね。
駅前では、アバレンジャーショーなどやってました。子供達が「がんばれー」とか声援を送っていたのが微笑ましかった。
ちょっと見ていたんですが、途中で恥ずかしくなってしまいました(苦笑。こういうのって歳のせいなんですかね。
その後、ちょっとだけ付近を散策。
周りは閑静な住宅街で、ちょっと洋風の家が並ぶあたりは紫山を髣髴とさせるものがありました。
ちょうどこの日は天気がよくて、まさに紫山を歩いているような錯覚を覚えたり。
その後昼飯を食べて帰りましたが、ささやかながらもいい思い出になりました。街の波長が合うっていうのかな。僕好みの街だった。

その後、リニアモーター式の地下鉄(やたら音が小さいのが特徴)に乗って、南京町に。
ここはすごく活気がある街でした。そこかしこに麺類や豚まん、はては北京ダックなどの屋台が立ち並び、道行く人はその多くが饅頭やラーメンを片手に舌鼓を打っていたり。

南京町。

四方に配置された門。これは西側。

中央にある広場。


人がとにかく多かったけど、居るだけで元気になるような活気があるのがすごく気に入った街でした。
それに、道中で食べた春巻きや水餃子は確かに美味しかった。値段も安かったし。
またいつか、神戸に来たいなぁと思わせるものがありました。

三宮サンクスでDRACHEさんと会う約束をしていたので、現地に移動。
そこでAI-KHS(以前べるさんにもらったイータAI)を連れてTASOGARE銘のE2でCPUしていると、おもむろに共闘で入ってきた機体が一機。
機種はエンジェラン「慰撫」。
そしてPNは…「DRACHE31」!

こうしてどうにか無事にDRACHEさんとのコンタクトに成功したわけであります。
DRACHEさんとの対決は、J/cが慰撫とTBに勝てたものの、肝心のマイザーチームがテムAの前に、それもかなりあっさりと敗北(涙。
その後、他の人と対戦した時には勝てたりもしたんですが、なぜかDRACHEさんのテムAにだけは結局1回も勝てなかったんだよなぁ…。

サンクスは1 on 1メインの場所だったので、近くにあるというラウンドワンに移動したんですが、そっちはCPUメインの店だったり。
それならそれで、とDRACHEさんと共闘し、慰撫&朱イータの記念撮影とかもしたわけです。

DRACHE慰撫&朱イータ。


ちなみにラウンドワンでは待ち時間の間、僕はビーマニをやっていたりしたんですが、それを見ていたDRACHEさん曰く「指にマメが出来るわけだ…」。
うーん、でも、僕なんかまだまだですよぅ。もっと亜空間レベルの指の動きをするプレイヤーを何人も見ているし…。

ラウンドワンではライA&AI-ライAチームに朱イータ&AI-KHSチームで挑んで勝利したものの、やはりDRACHEさんのテムAには勝てませんでした(涙。
これはいずれ、リベンジするということでひとつ。

宿のチェックインの関係もあり、8時30分過ぎにDRACHEさんと別れて天王寺へ。ロクに話もせずにすいませんでした。
天王寺でやまけんさんのチャットに入り、millionさんと明日のことを少し相談しつつ、雑談していたら午前2時。半ば力尽きるようにして就寝(涙。

しかし、いい思い出がいくつも出来たいい日だった…。


5月4日

この日は夜19〜20時あたりからmillionさんに会う以外、なんの予定も立ててませんでした。
阿部野橋が目の前という場所柄なので、また明日香にでも行こうかとも思ったんですが、ふと思い立って3月にいきそびれた京都・梅小路機関車館に行くことを決意。

GWということもあり子供連れの人がかなり多かったです。
ひとまず、館内を軽く見学…。

ここは昔の機関車の車庫・整備工場をそのまま転用した博物館で、中には数多くの蒸気機関車が静態保存、あるいは動態保存されています。
その中には実際に運転台まで行けるようになっているものもあり、ちょっと見物してみたり。
最近は工場で作業実習をしていたこともあり、周りの設備とかも興味深く見ることが出来ました。


外に出てみると、C61蒸気機関車が煙を吹きながら待機状態に。
ごく短い区間ながら実際に走るとのことだったので、しばらく待ってその様子を見物することにしました。

発車の時に、汽笛を鳴らしたんですが。
その咆哮するような音を聴いた瞬間、鳥肌が立ちました。
そしてしばらくはバックで進んで行ったんですが、その様子を見ているだけで、なぜだか涙が出てきそうになっていました。
その理由はなぜだかさっぱりわからないんですが。

煙を上げ、汽笛を鳴らしながらでかい鉄の塊がホームに戻ってくる姿は、理屈ぬきでかっこいいと思った。
そういえば、以前ここで動くSLを見た時の親父殿が、「やっぱりカッコいいなぁ…」と嬉しそうに言っていたっけか。

ホームに戻ってきた蒸気機関車。


そうだ。ああいうカッコいいものを作りたいと思ったから、僕は造船会社に入ったんだ。
この気持ちなんだ。

ターンテーブルなども、この様子から考えるに現役で稼動しているみたい。
もうSLは文化としての価値しかないんだろうけど、そのものも、それを維持して動かそうとする周りのスタッフも、カッコいいと思った。
んで、その気持ちはおそらく間違ってないんだろう。
少なくとも、これだけ多くの子供達が、現実に歓声を上げているんだから。

ターンテーブルとC61機関車。


この世界に、傍観者としてではなく、実際に参加してみたいと思ったのが、始まりだったんだ。
ようやく思い出せた…。


その後ちょっとだけ辻商店で遊び、夕方天王寺へと移動。
ちょっとしたトラブルがあり、パソコンをシアターに持ち込むハメになったりしつつ、それでもどうにかmillionさんとの合流に成功。

VOCのお仕事が、やはり大変…というか、もう必死になって取り掛かっている(出かける暇もほとんどない程)状態なのだとか。
millionさん「ここ最近は、今までで一番多く絵を描いていますわ」
それにも関わらず、おみやげイラストを頂いてしまいました。本当にありがとうございます(涙。 この時millionさん、大変だと言いながら実に楽しそうに話していらっしゃった。
やっぱり好きなんだなぁ、どんなに大変でも絵を描くのが。なんかそんな風に感じました。
そして、そんな風に感じさせるタイプの人は多分凄い人なんだ。


そしてmillionさん操るガンマに、ウチの嵐デルタが敗北(涙。これで全敗ですかー。
共闘もこちらがすごい勢いで殺されたりしたし、申しわけない(涙。

しかし、これで僕がテムAに対して病的に弱いことがはっきりした。
対テムAの対策と練習、すこし集中的にならないと持たないなこりゃ…。

帰りがけ、わがまま言って一回だけポップンをやらせてもらったんですが、終わったあとmillionさんが昨日のDRACHEさんと似たような表情をしていたのが印象的でした。
でもこれはまだまだ楽な方なんですわ。最高レベルの曲になると、ポップンの場合「手がついていかない」ではなく「疲れて手を動かすことが出来なくなる」のですw。

ところで、あの対戦数と階級を見る限りでは、CPU戦をほとんどやってないなmillionさん…。実はバリバリの対戦派なんだろうと思った。


天王寺・阿部野橋駅付近には、前来たときにも気がついていたけどストリートミュージシャンが大勢歌っています。
millionさんに聞いたところ、大体いつもこんな様子なのだとか。
その様子は仙台の一番町を思い起こさせるものでした。ただ向こうが商店街のうえ夜遅くから歌い始めるのに対し、こちらは商店街ではない上昼ごろから居るという違いがあります。
住民との対立もなく、のびのび歌っていられるのか…。そういうところはいい街だなと思いました。
millionさんとは、宿の近くのコンビニで別れました。
本当にお忙しいところ、ありがとうございました。またこの辺に寄ったら遊んでください。


5月5日

愛媛への帰還日。飛行機は午後なので、午前中をどう潰そうか思案しているうちに、「じゃあ海でも見に行こうか」ということに相成りました。
大阪は前からATC(アジア太平洋トレードセンター。大阪港付近…になるのかな?その辺りにある建物で、ショッピングモールなどもある)の辺りが好きだったので、天王寺から地下鉄とニュートラムを乗り継いで現地に移動。

ATCの前の海。


しばらくショッピングモールをうろついたり、ぼーっと海を眺めていたりしました。

その後は、向かいにある「コスモタワー」の展望台に登ってまたしばらくぼーっと周りを眺めていたり。…ダメ人間全開ですな(汗。
でもね、ここの地上200mだかのところにある展望台のまた景色のいいこと。神戸の方まで見えました。
海も水平線まで見えたしねー(今住んでいるところも海のすぐそばなんですが、水平線が見えるほど瀬戸内海が広くないという。むしろ広島県が見える)。

コスモタワー展望台から大阪市内を望む。


丁度展望台の中では松本零士のセル画展とかもやっていたんですが、時間の関係でそれはパスでした。待ち時間20分以上ってのもなぁ。

頃合を見計らって、御堂筋線千里中央経由モノレール乗り換えのルートで伊丹空港へ。


伊丹空港でチェックインするときに、なんというか、またしてもアクシデントが。
「お客様ご搭乗の飛行機なんですが、使用する機体の到着が遅れておりまして、1時間程度遅れる見込みなんですが…」またかい。

なんか、伊丹は通るたびに何かしらのアクシデントに見舞われる気がするなぁ…。
1月の学会の時は仙台行きが欠航、3月は管制システムがダウンして4時間の遅れ。ま、だんだん振幅が小さくなっているし、今回は1時間程度遅れたからといってたいした影響もないからいいけど。
待ち時間に使ってくれと渡された1000円分の食事券で、ケーキセットを食べながら待機…。

しばらくして飛行機に乗り込む時、その姿を見て目が点になりかけました。

松山行きの飛行機。


まさかこんなに小さいのが来るとは…。

そして17時についに離陸。大阪の地ともついにお別れです。
しばらく窓から大阪の街を眺めていたんですが…なんか、端の方から灰色のベールのようなものに覆われていくような感じであっという間に街が見えなくなってしまいました(汗。
…スモッグか(涙?


その後は無事に松山に到着し、直で寮に帰還。
この思い出深い旅行もついに幕になりました。
フォースは全然振るわなかったけど(涙)、でも色々な人と遊べたし、大事なものを思い出すことも出来た。

本当はGWには実家に帰るという選択肢もあったんですが、あえて旅行に行ってよかった。
神戸などは初めて行ったけど、いい場所に出会うことが出来た。広島でも。
また、機会があったら旅に出てみたいなぁ。


その時もまた、気ままな一人旅で。


5月11日

旅行から戻った後、僕は延々とガス切断の実習をしておりました。
これはどういったものかというと、エチレンガスのバーナーを使って鉄板を加熱し、そこに酸素を思い切り吹き付けてやることで酸化反応を発生、その反応熱でどろどろに溶けた鉄を高圧酸素のジェットで吹き飛ばして、結果として鉄板が切れるというもの。
当然超高熱源が目の前にあるので、これがまた熱いわけです。
加えてその姿勢がまた苦しい。例えるなら「和式便器で用を足すスタイルのまま、右腕を伸ばして重い金属棒を持ち、左手をそれの上に添える状態を延々と続ける」という感じです。はっきり言って、腰と膝、右腕がかなり大変です(涙。その上熱で体力が奪われるのでへろへろになります。
挙句、この週は終業後に総合社員の研究発表会があり、それに参加せよという指令が下っていたので早く帰って倒れたいのをぐっとこらえて発表会視聴。

体は鍛えておくもんですねぇ(涙。


その最中、なんかべるさんがアメリカに行くとかいう話を耳にしまして。
メールを打ってみたところ、まだ行くかどうかもはっきりしていないけどもしかすると17か18には、という答えが。
こりゃ今のうちに挨拶に行こう、というわけでまた日帰りで広島に行くことにしたわけです。


後で知ったんですが、この日はべるさんの誕生日でもあったのね。
おめでとうべるさん。

例によって広島までバスの中で爆睡(爆。
到着後はすぐにはパドックに向かわず、しばらく紙屋町地下街やデオデオ本店、駅前エールエールなどで買い物というか探し物。一つは「ガガープトリロジー回顧録」という本ですがこれは発見できず(涙。もう一つはいいかげんボロくなったウインドブレーカーの替えを探そうと思ったんですがこれもめぼしいものがなく断念。
ちなみにエールエールの中にあったでかい本屋、なんかデジャヴを感じる店内の景色だと思ったら、なんのことはない…店が「ジュンク堂」だった罠。
ジュンク堂や喜久屋は神戸にもあったなぁ。元々はこっちの方なのかしらん。
でも懐かしかったなぁ。

今仙台はどうなっているだろうか。


パドックには13時前に到着。ヤガランデに苦戦しているべるさんデルタに援軍で乱入したのはいいものの、その後アファに一方的に殺されそうになり、バルにもボコられた挙句ライフ負けしてしまい本当に申し訳ない(涙。
その後、お互いに腹が減っていたので外で食事。
べるさん「今日はどこにしましょう?またマクドですか?」
僕「いやー、今日はべるさんの誕生日だし、少しいいもの食べましょう。ていうか俺が払いますよー」
結局駅前の定食屋でめいめい好きなものを注文。
そしてお互いにみやげものを交換。ええ、今回は僕もみやげを持ってきました。誕生プレゼントもかねて。
物はCD-R。そのケースには「毒電波CD」とか書かれていたりもする黄昏謹製の毒性CDでございます特に最初に収録されている曲など電波そのもの。
一方べるさんがくれたクリアファイルには、例によってイラストが描かれた紙が入っていたんですが、その一枚目には「あやうくお嫁にいけなくなるところでした…」
僕「あのーべるさん、これってHPに飾っても大丈夫ですか(汗」
べるさん「うーん、ギリギリ大丈夫かも」

後に自室でそれを見て悶絶したわけなんですが。

とりあえず、今回のみやげバトルは引き分けに終わったらしい(謎。いいパンチでございました。

パドックに戻って、しばらく対戦タイム。

velvetイータというかオリジナルKHSには、朱イータは最初の1戦では負けたもののその後のリベンジバトルでは勝利。その後ももう1勝して今日は勝ち越し(おぉ。
しかしオリジナルKHSは空中前DCWの使い方がうまい…。あと空ジャンプも確かに使っていたわね。

その後べるさんとのダブルイータチームで挑んだ2 on 2では、今回は今までよりもお互いの呼吸がかみ合っていた感じがあり、確か3連勝ぐらいできました。特に互いの支援CWがよく当たっていたのが大きかった。
べるさんと敵味方になった時にも結構勝てていた。…なかなかいい感じ。
相変わらずテムジンには弱く、あとアファJCに今回はやられましたが(涙。

べるさんが持っていたAI-747FをウチのAI-KHSが圧倒していたのはなんだかよくわからなかったけど(苦笑。

しばらくして、べるさんが僕をターミナルのところで呼び止める。
何事かと思って見てみたら…。
僕「うわーデルタが嵐になったんですか!?」
べるさん「やっちったーw」
でもイータに来て欲しかったんだけどねーとべるさんは言ってましたが、それでも嬉しそうだったなー。
その後行われた嵐デルタ対決では、僕が(ほとんどAIの差で)辛勝(涙。すまんす(涙。

最後に(対戦雰囲気に水差すようでちょっと気が引けたんですが)記念にダブル嵐デルタでアジム狩り(爆。

ダブル嵐デルタ。左側がvelvet機。



そしてこいつが首尾よく成功し、べるさんデルタがコンプリート勲章をゲットしたところで別れました。


この後アメリカ行きを含めてどうなるかわからないとか言っていたけど、頑張ってねべるさん。
短い間だったけど、今日は遊べて楽しかったです。元気で。


しかし広島はいい街だなぁ…。松山よりも物がある。原爆ドームの辺りの景色も好きだし。
そのうちフォース抜きでふらりと来てみようか…。


5月28日

早くも5月が終わろうとしてます。日記もぜんぜん書かずに終わりつつあるなぁ(汗。

11日から今日までの間に、僕は胃をこわしてしまいまして(涙)、色々大変でした。時期的には13日のこと。…有給まだないから、会社を休もうに休めないんですわ。痛みをこらえながらの溶接実習は地獄だった…。
その後も生まれて初めて痛みで気を失ったりとか…。今のところ薬を飲み続けて、症状は落ち着いているんですが、近いうちに病院でちゃんとした検査を受けようと思っています。
幸い、土曜日に胃の検査をやってくれる「評判のいい」病院も見つかったことだし。

何回か飲み会もあったんですが、医者にアルコールは完全に止められております。

本当に、健康ってのは「意識して作っていかないとダメ」ですね…。
特にこれから周りに責任のある仕事をやることになった時、自分が病気でダウンすることは許されないし、そうでなくても壊れた体はもう簡単に治る歳でもないし。
これからはその辺、よく留意して生きていこうと思います。


そして5月21日付で「船舶設計本部・船体計画課」に配属となりました。
ここはクライアントの依頼を元に船全体のラフデザインを考えたり、工事に関する全体の予算を決定したりする部署で、船のデザインの大本に関わることができる仕事場です。
「自分がデザインに携わった船が、目の前のドックで造り上げられていく」というのが僕の夢だっただけに、この配属はもう、なんというか(涙。
まだ今は電話番も満足にできないペーペーですし、船に関しては完全に素人ですし、仕事自体はやることになったらなったで非常に忙しいものになるとわかっています。でも夢に近いステージだけに、やりがいを失わずに仕事に望めそうです。
総戦闘時間はまだ6日。まだまだこれから…。

26日に東北ででかい地震がありましたが、幸い知り合いは全員無事だったと。
宮城県図書館の中は荒れたらしいけど…黄色いからすは無事だろうか(コーヒーカップとか、人形とか)。


今日はよく晴れた日でした。
帰りがけに海岸をちょっと散歩していたら、唐突にこの辺一帯の景色が「海檻」の始まりの町「レトラッド」によく似ていることに気が付きまして。
景色というか、イメージが、というほうが正確かな。
唐突にフラッシュバックしてくる、海檻の景色、BGM。

正直、この町は今まであまり好きではありませんでして。
いい町には違いないんですが、群馬の地元や仙台の紫山のイメージに負けていました。それらを越える印象がなかったわけです。
それが今日、ようやく「線が繋がった」気がしました。
これから長い付き合いになるはずのこの町を、ようやく好きになれそうだ…。


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