2003年2月


3月1日

かねてから計画していた関西旅行に出発。
旅程は以下のとおり。

初日:京都の梅小路蒸気機関車館を見物し、その後辻商店でフォース 
2日目:奈良県明日香村をゆっくり散策。夕方から大阪天王寺のアミューズメントシアターにてmillionさんと邂逅。
3日目:土産買って撤収

特に初日の梅小路がやや微妙で、伊丹空港到着後できるだけ速やかに移動する必要があったんですが…。


仙台空港までの道のりは、今回はじめて「エアポートリムジンバス」を使いました(今までは全部館腰乗り換え)。
道中「携帯の電源を切ってくれ」というアナウンスがあったにもかかわらず、堂々と携帯でお喋りしている女の子がいて「オイオイ」と苦笑いしていたんですが、その会話の中に唐突に不吉なセリフが登場。

「えー、今伊丹空港でトラブルがあって!?搭乗手続きできないの!?」


来た。来やがった。
これが逆境だ。



それでも空港に着いた時には、まだこれから乗る飛行機が遅れるというアナウンスもなく、搭乗手続きも無事に出来て「なんだー、なんにもないじゃーん」と思っておったのですが。
搭乗ロビーで待機中、離陸20分前ぐらいに「飛行機が遅れます。離陸予定は未定です」という旨のアナウンスがあり脱力。
まぁ1〜2時間ぐらいなら、まだギリギリ梅小路には間に合うかと思っておりました。

しかし、結果として3時間50分の遅延が生じ、13時過ぎには伊丹に居るはずが結局17時過ぎにまでずれ込んでしまい、梅小路は断念せざるを得なくなることに(涙。
まぁ飛行機が欠航せずに飛んだだけでもよしとするべきなんだろうなぁ…。
(ちなみに高松行きの便が欠航し、それを知らせるアナウンスが響いた搭乗ロビーにはすさまじいどよめきが。この場合は雨で空港が閉鎖されたとのことでしたが…どんな雨が降っていたんだ(汗))

今回のトラブルは、埼玉県の航空管制システムがトラブったせいだとか。
混乱の規模としては過去最大だという話も聞くけど…。最近こういうのによく当たるのは何故だ?

ネットで知り合った辻商店の一部常連に「土曜夕方より参上」との旨を伝えていたので、大急ぎで辻に向かったのですが、結局現地到着は19時過ぎ。それらしき人が見つからず、「間に合わなかったか」と思ってしばらく一人でCPUしてました。
辻商店の話はやまけんさんのHPで知っていたんですが、この駄菓子屋とゲーセンが融合しているスタイル、実は僕は昔からなじみがあるものだったりしました。
昔通っていた小学校のすぐ近くに、ここより小規模ですがこんな感じの駄菓子屋ゲーセンがあり、当時は流行っていたスト2目当ての小学生で賑わっておりました。その店はいまだに健在なんですが。
途中強いガンマの方と戦ったりしながら結局23時近くまで粘って、数回2 on 2をやった後、宿へと引き上げました。
後来訪記念にエンドカードを何枚か捨ててきたり(ターミナルのところにエンドカード置き場があるのです)。


宿ではmillionさんとチャット上で最終打ち合わせをし、その他何人かと明日天王寺で落ち合う約束をして就寝…。


3月2日

近鉄特急で明日香まで移動。
睡眠時間が短かったので、電車の中ではほとんど寝っぱなしでしたが。

明日香(飛鳥)には3年前に来て以来、久しぶりの訪問でした。
あの時は岡寺駅で下車し、益田の岩船を見た後、岡寺駅からタクシーで飛鳥寺まで移動した記憶があったので、今回もそうしようと岡寺駅で下車。
益田の岩船は山の上にあり、しかもルートを思い出せなかったので今回は省略し、駅からそのまま飛鳥寺に行こうとしたんですが…駅前にタクシーがいない。
「そういや電話でタクシーを呼んでいたっけか」ということを思い出したときには、この際歩いてしまおうという気になっており、結局飛鳥寺まで歩くことにしました。

この辺はもうかなり暖かくて、梅の花や菜の花も咲いているくらい。
天気もよく、最高の日和でした。


のんびり散策しているうちに、「過ちを後悔するのは大切だが、それをやり過ぎて焼ききれるまで自分を責めるのは無意味。何かをやる体力は温存し、実行を持って落とし前をつける」ということをふと思いつく。


ガイドブックも持たずに方向感覚と昔の記憶だけで歩いていたせいか、途中豪快に道を間違えて、気がついたら岡寺の一つ手前の駅から真東に行く道にまで戻っていた罠(電車はこの辺ではほぼ南北に伸びています)。
ただ明日香村に入ると案内の立て札が至る所にあったので、飛鳥寺までは迷わずに辿り着けました。
さすがに疲れたけど(6km以上歩いたはず)。

飛鳥寺で小休憩したあと、自転車を借りて散策続行。
酒船石や石舞台、亀石などを眺めたり撮影したりしながら飛鳥駅を目指しました。
3年前の印象としては、明日香村は割とひなびたのどかな農村で、石舞台周辺以外はあまり観光地化していない気がしていたのですが、今回は酒船石のところにミュージアムが出来ており、あの辺りの景観が好きだった僕にはちょっと残念なものがあったり。
でも相変わらず他の所はのどかな場所で、ただ歩いているだけでも十分に癒された気がしました。


飛鳥駅から電車に乗り、大阪阿部野橋−天王寺に移動。
フォースのところでまず、チャットで知り合った一撃さん&綾瀬みすずさんに遭遇。
しばらくして赤いフリースを纏ったmilionさんと邂逅を果たしました。

そして強制対戦の最中、奇跡的に「黄昏・みすずペア vs 一撃・millionペア」の戦いが実現。
もうこれが出来ただけで、関西に来る意味があったと思ったほど…。いい思い出になりました。


millionさんには大阪のVO事情や最近のお仕事の話など、色々とお話を聞かせていただきました。
やはり、しばらくはずいぶんとお忙しいとのこと。どうか体に気をつけて頑張ってください。
そして丁度この日が、millionさんのサイトの開設一周年であることに後で気がつきまして(涙。申し訳ないです。
一撃さん&みすずさんには、辻商店のオリジナル技の話を聞かせてもらいました。特にイータがらみの話は興味深かったです。
4人で夕食をとった後、millionさんとは天王寺駅で、一撃さん&みすずさんとは京都駅で別れました。
またいつか、機会があったら一緒に遊びたいです。


3月6日

この日は学校で宇宙飛行士・毛利衛さんの講演会があるというので、早起きして会場へ。
混雑しそうだったので早めに会場に行くことに。10:30開始ということだったので10:00ぐらいには会場におりました。そのときは意外にもガラガラだったのでちょっと拍子抜けしたんですが、開始直前には会場に人が入りきらないぐらいになってました。部屋の後ろ側には立ち見続出。

ちなみにこの講演会、僕が普段いる研究所とは違う研究所で行われてまして、先生方はみんな知らない人ばかりだったので、最初その場にいる誰が毛利さんだったのかわからなかったという。
宇宙飛行士というのは肉体的な訓練を積んでいるので、それなりに体格のいい人が毛利さんだろうという先入観を持っていたんですが、実際はその場にいた一番小柄なおじさんが毛利さんでして、ちょっと驚きを感じたり。

以下公演内容(一部BBSコピペ)。

内容的には、ミッションの話や毛利さん自身が過去にやった実験の話、宇宙に行く前と宇宙に行ってからの意識の変化の話あたりを通じて、「人類が宇宙を目指す意義」について語っているという印象でした。

最初に話したのは、(日本の)大学での研究とNASAでのミッションとの差について。
大学では基本的に研究というのはあるテーマに対して少人数、あるいは一人で行うのが普通です。しかしNASAのミッションは、数多くの人間が参加する大きなチームで望みます。そこは一人一人の経験の蓄積が、互いの対話によって活きてくる世界なのだと。
また、現在の日本に宇宙飛行士は7人いて、その中では機械工学科出身の人が一番多いのだとか。宇宙飛行士を目指すのであれば、機械工学や航空宇宙工学を学ぶのが近道であると言っていました。

宇宙開発関係の仕事は、社会のニーズが色濃く、しかも即座に反映されるのだそうです。
予算的な問題に一番響いてくるのですが、ロケットで打ち上げられるペイロードの中身にも反映されるケースもあると。例えば今度打ち上げられるH-2Aロケットでは、情報探査衛星を載せるのだそうですが、これは某国に対する情報戦略としての側面があるのだそうです。

宇宙における実験の話は、かなり興味深い内容でした。
92年の実験で学んだことは、地上ではシミュレーションや仮説から予測ができます。しかし、予測どおりの実験は画期的な発見が少ない。むしろ予想外のことから画期的なものが出てくると前置きした上で、実際の実験の話をしてくれまして。
(かなり専門的な話で恐縮なんですが)インジウム・アンチモン化合物半導体の単結晶を作る実験をやったときの話が例に出ました。
シリコン半導体の単結晶の写真をどこかで見たことはあるでしょうか。銀色に輝く、ぶっとい筒状の塊です。あれはシリコンを熱で溶かしたなかに種になる結晶を入れ、ゆっくり回転させながら少しずつ引き上げていくというやりかたで作っています。一般に作った結晶のサイズが大きければ大きいほどよいとされています。
ところが、インジウム・アンチモンは熱で溶かしたときに液体の粘性が小さすぎて、この方法では向かないのだとか。そこで無重力を使った方法でやってみようということで、毛利さんが宇宙で結晶成長の実験を試みたわけです。
実験中のデータをモニタしている上では、毛利さんはあまり実験がうまくいっていない気がしていたそうです。地上で計測されるとまず実験がうまく行かないようなデータが多く出てしまったのだとか。
ところが、いざ蓋を開けてみると予想以上に大きな単結晶が取り出せたそうです。
これは、地上ではマイナス要素になる酸化皮膜などのファクターが、宇宙ではプラスに働いたために想像以上に結晶成長が進んだとのこと。

たとえ同じような実験を地上でできるようになっても、新しい可能性を広げるためには宇宙に上がるのが一番いいと。後でそのようにもおっしゃっていました。
加えて、「地上では発想が貧困になる」と明言してました。「地球の重力に魂を(略」を連想してしまったわけですが、本当にそういうのがあるのかもしれないと思ってしまいました。

コロンビア号やチャレンジャー号の事故に関しても何回か触れていましたが、そういった事故があったとしても、それでも人類は宇宙を目指すことを止めてはならないという論調だったのが印象的でした。今まで生命が進化してきたのは、海から陸、空へと新しい環境に挑戦して、適応してきたからであり、その延長としての宇宙なんだと。だからコロンビアが事故ろうが何しようが、決して宇宙を目指すことを諦めてはいけないんだと。それを止めてしまった時には、種としての可能性も断たれてしまうんだと。

「可能性を広げる」「何かに貢献する」というキーワードが何回も繰り返されているのも特徴でした。宇宙開発の意義について語るときにも、僕ら学生の研究活動について檄を飛ばすときにも、必ずこのキーワードが繰り返され、毛利さんや宇宙開発に携わる皆さんの根っこの部分が垣間見えた気がします。

最後に質疑応答があり、その一番最後で運良く僕が質問できまして。「もし自由に宇宙に行けて、何か好きな仕事が出来るとしたら、どんな仕事をやってみたいですか」と尋ねてみました。
したら、「月にヘリウム3の核融合発電所を造ってみたい」という回答が返って来ました。水素を使った核融合だとどうしても放射線が出てしまうのですが、月にあるというヘリウム3を使うとその辺が解決できるのだとか(毛利さんご自身は過去に核融合炉の研究にも携わっていたことがあるそうです。僕自身、この辺りの分野は不勉強なので事情がわからない部分も多いんですが…)。それでエネルギー問題の解決に貢献できたら、とおっしゃってまして、記憶に残りました。

久しぶりに、面白い講演会だったと思いました。
毛利さんがどちらかというと研究者のような雰囲気で今回お話していたので、案外身近に感じたというのもあるかもしれません。
そしてやっぱり、毛利さんに限らず、宇宙に関係する仕事をする人たちには、フォン・ブラウンの魂が息づいているんだな、と感じたわけです。

3月8日

このところ、裏のスーパーでダンボールを調達し、家で(主に本類を)箱詰めする生活が続いています。
今日も今日で、ごみが大量に袋に詰められたのが2つも玄関にある状態で、さらに家の中が散らかり放題になっているような状況下で、SHOさんから入電があったときには素で焦りました(汗。

SHOさんへ>
「酒の辞典」ありがとうございました。よく勉強しておきます。

んで今日は、シルク・クラセガ地区フォースプレーヤーの飲み会を企画していまして。
同時に隊長と犬氏に本を渡す約束をしていたので、それをリュックに積み込んで夕方ごろ現場に出撃。
行ってみたら先行していたSHOさんのほか、ハジメさんやYUUさん、コロッサスさん、RXさん達もいて、後から犬氏や初雪さんも登場。
最初は4人ぐらいでこぢんまりと飲もうかと思っていたんですが、ハジメさん達がその場で参加することになり、店に予約状況を確認しに行ったりしているうちに、なんとか希望者全員が参加可能に(汗。最後に息を切らせた隊長が現れ、全員で店に移動。

ちなみにそれまでフォースをやっていたんですが、なんかイニD大会を隣でやっていまして。
ギャラリーがずいぶんいっぱいいました。
後アレね。イニDのBGMに「Night on Fire」が入っていたのには笑ったw。レースの画面以前に2DXの譜面が頭に浮かぶんですが。

店で話していると、どうやらハジメさんの学校には、僕は何回か学園祭のときに顔を出していたらしいとw。
あと、MTGプレイヤーが何人かいたので、久しぶりにデッキの話をできて楽しかったです。
位置関係で犬氏や隊長とあまり会話ができなかったのがちょっと残念だったかな。

ハジメさんへ>
差し上げたイータは元気そうで何よりでした。
あとイータの例の技は、上に書いた「辻商店@京都」発祥のものであることを付記。


その後また少しフォースして、「伝説の前ビ(涙」をやらかしましたスイマセンスイマセン(涙。


さらにその後、やまけんさんの所のチャットに行ったわけですが。
やはりというか、あそこのチャットをえろちゃっと化させる火種になってたっぽい。
というか、えろちゃっと発動の条件とコツがわかりつつあるんですが。多分狙って出せそうな雰囲気すらあるんですが。

3月9日

ある程度本類を片付けた後、紫山へ。

多分この場所は、今僕が過ごしているエリアで一番好きな場所なんだろうなぁ。
公園にはよく子供が遊んでいて、街並みもきれいで。
どういうわけか、僕が出かけていくと天気がよくなることが多くて、上を見上げると大概青空が見えます。おまけにここは飛行機が良く上を通過するところでもあり、よく晴れた日などは飛行機雲が何本も見えることがあります。静かだから音も良く聞こえるんですよね。

この視覚的、音的な景色がすごく好きだったんですが…。もう2〜3回ぐらいしか来れないだろうなぁ…。


黄色いからすで昼食をとりながら、ご主人と会話。独身寮の話題でした。
昔どこかの独身寮で暮らしていたことがあったとかで、いろいろと話を聞かせていただきまして。結構縦のつながりとかもあるみたいですね、ああいうところは。
「でも、あのころは妙に楽しかったよ」と懐かしそうに語っておられたのが印象に残りました。


宮城県図書館にも久しぶりに行って見ました。
ここの生涯学習室で宮城の市町村のパンフを読むのが一時期楽しみでして。今日も久しぶりに顔をだしてみました。

そういえば、「人間になりたかった猫」とかいう名前のミュージカル(?)を知ったのはここだったなぁ。
結局見に行くことはできなかったけど、ほんのわずかな間だけ猫が人間になって、人間の社会で暮らすというあらすじはすごく心に残るものだった。またどこかでやらないだろうか。


最後にBookOff泉中央店で、出張買取を依頼。
ちょうどそこで「イグナロス零号駅」のコミックを発見。即入手。
コミック版は初めて見たけど…。絵柄に似合わずヘビーな話で(汗。いや、面白いんですけどね。
そしてやっぱりこの話にも、「希望」「可能性」というキーワードが目に付いたり。
こういうキーワードには弱いんだよね。



3月10日


事務のお姉さんが他の研究室に移動するので、その引越しを手伝いました。
すでに荷物はダンボールに梱包されていたので、僕らの仕事はそれを運び出すことだけだったんですが。

お姉さんがいなくなった後のお茶室は、ぽっかりと空間が開いていてやけに広々としていました。
んで、初めて僕が今暮らしている部屋に来たときのことを思い出したわけです。妙に広い、何もない空間。

もうすぐ、またこの部屋はあの姿に戻るんだよね…。


結局それ以外たいした仕事もなかったので、幻の翼の第二章を書き上げてしまいました。


ゲセンではイータ&デルタのスラッシャー形態を撮影。
イータはなかなか鮮明に写ったので、変形ギミックの考察でもしてみようか。。。

3月11日

本の片付けの合間にお出かけ。今日は台原−鶴ヶ谷−泉ルート。
なんか雪が降ってきたりしてアレでしたが(汗。

鶴ヶ谷ではアバインに初めて入店。そしてなぜかシャッターを降ろしている店がやけに多くて閑散と(汗。
外の売店で玉こんにゃくを食べました。これはおいしかったです。


この辺も、もう二度と来れないだろうな…。


泉では4号バイパス沿いにある「スクラム」という本屋&CD屋によっていこうかと思っていたんですが、いざ行ってみたら「3月5日を持ちまして閉店しました」という張り紙が出ており愕然(涙。
結構好きな本屋だったのになぁ…。

うさはらしじゃないですが、シエナに行って2DX叩いてきました。
このゲーセンが僕の2DXの始まりでして(その後修行は現在名取にあるミラポケでやってましたが)、もう次にこれるかどうかもわからないので、記念に。
選曲もビギナーだったろよく叩いていた「I was the one」「Dynamite Rave」「R5」「Era(nostal mix)」あたりをLight7モード中心でやってきました。そしてあの頃の気持ちを少し思い出したような気がしまして。

本筋とは関係ないですが、やはり泉地区、音ゲーはかなりハイレベルです。神レベルのテクを見たいと思う御仁は是非一度。
ミラポケがあった当時は、ミラポケが音ゲーの聖地状態でしたが…今はどうなのかな。

3月12日

午前中から片づけをやって、午後は夕方ちょっと仙台港に。
ここは仙台の中でも、一番思い出深い場所です。最初に来たのは大学に入るずっと前、中学の修学旅行の自由行動。もう10年も前ですか。夢メッセなんか影も形もなく、でもあの当時から「ゼロヨン禁止」の立て看板が道端に立っていたっけか。
寒かったですが、日が暮れるまでずっとたたずんでしまいました。そこかしこに街灯の明かりがともる頃にようやく引き上げ…。でも名残が本当に尽きなかった。

長い間、色々な思い出をありがとう。忘れずに生きていきます。
いつの日か、またここに来れますように…。


帰りに安住さんの働く店に寄って、ちょっと挨拶していこうかと思ったんですがいなかった罠。
こっちにいるうちに会えるかなぁ(汗。


気まぐれにクラセガに行ってみたら、隊長とERO君が居たので僕も乱入。
その後シルクに移動し、思いのほか大人数でのプレイになり面白かったです。自分的には反省点が多々出ましたが。

ERO君と組んだのは、まさか最後…なのか…?

その場にいる知り合いには、ENDカードを忘れないうちに渡しておきました。
何人かからはカードを頂いたりも。これは無くさないように、大切にしておきます。

3月15日

先日13日に大量の本をBookOffに売り払いまして。今日はその代金を受け取りに、泉区・泉中央駅付近のBookOffにいくことに。
でも、その前に時間があったので、まずはいつも通りというか紫山地区に向かうことにしました。

そろそろ引越しストレスが洒落にならないレベルに達し始めてまして、時々発作的に動悸息切れで悶絶するようなことが起こるまでになりました。どーなってるんだか(涙。
それなので、時々息抜きも兼ねて外に出るようにしてたんです。
この日はよく晴れていて、紫山公園で少しゆっくりしてから二丁目公園経由で黄色いからすに向かうことに。
紫山公園は相変わらずにぎやかで、広場で親子連れがボール遊びとかをしていました。
これがそろそろ見納めかと思うと、(比喩ではなく)胸が苦しくなってくるわけなんですが(汗。

二丁目公園では、どういったわけかロケ撮影が行われていまして、普段からは考えられないぐらい人がいました。
電源車やバスなども来てまして、ナンバーを見たら品川ナンバーや川崎ナンバー。「こんな辺境になんでまた?」とか思いつつも、しばらく眺めていました。

黄色いからすのご主人と、引越しや独身寮の話題で少しだけ話し込む(昼飯時で忙しそうだったので、あまり話しこめませんでした)。
「僕が入っていた寮には、部屋の壁に穴があいていてね」
「えっと、そういうのって直さないんですか?」
「いや、それどころかその穴をくぐって他の部屋と行き来するんですよ」
「…そういう穴ですか(汗」
今日はラザニアをオーダー。ここに初めて来た日に頼んだメニュー。久しぶりだったけどおいしかった…。

BookOffでお金を受け取った後、時間が早かったので七北田公園を散策。
時間が遅かったせいか人はあまりいなかったけど、夕暮れの景色が綺麗でした。ここも多分、もう見納めなんだよね。


さて、明日は分散会だ。


3月16日

今日は研究室の追い出しコンパ旅行、通称「分散会」。
ですが、集合時刻が15:00ごろとあって、時間に余裕があったので例によって引越し作業。

本類を箱詰めする作業が、実はかなり面倒なのです。
でかいダンボールにまとめて詰めると、重くなりすぎてダンボールを移動できなくなるので、小さめのダンボールに小分けするようにしてるんですが、割とすぐにダンボールが底をつくので何回も裏のスーパーに足を運んでダンボールを調達しないといけません。

加えて、部屋が徐々に片付いていくことに妙な戦慄を覚え始めまして。
今までここで暮らしてきた痕跡が、徐々に消えていくのがひどいストレスとして感じられるようになってきました。ひどい時になると、猛烈な動悸息切れに襲われて何もできなくなります。
これはさすがにおかしい…。


時間まで作業して、学校に移動。そこからは車で作並温泉へ。

着いたのはいいんですが、すぐに風呂に入る気にもならず、しばらく一人で雪風読みながらぼーっとしてました(他の人は風呂に入るなり他の部屋に行くなりで、僕がいた部屋にはほとんど僕一人)。
時々、今までお世話になってきた助教授の先生(この時にはもう教授になっていたけど)と話をしつつ、宴会開始まで時間を潰しておりました。

宴会ではテキトーに酒を飲んでテキトーに話をしてました。
というか引越しが気にかかって騒ぐ気が全然おきないという(涙。

その後一人で風呂に入りに行きました。
この旅館、混浴露天風呂があるんですが、さすがに怖気づいてそちらはパス(涙。フツーに男湯にのぼせるまで入っていたわけでございます。
風呂から上がった後には、ちょっとだけ皆と話しに行ったりしました。うちらのグループは、アスラーダやラジコン、ミニ四駆あたりの話で盛り上がっていました(K氏もおりました)。
でも、適当に切り上げて早めに寝てしまったんですが。


3月17日

外は雪。まっしろ。
されど、この雪(昨晩から雨も降っていた)の中、混浴露天風呂に午前3時に突入した勇者が朝飯の場に降臨。

「だからー、時間帯で若いお姉ちゃんも入ってくるんですよー」
「いやー、いい目の保養になりましたよー」

なんだかすげぇ敗北感が(涙。
ちなみに、ここの露天は混浴のほかに女性専用エリアがあり、混浴で女性と遭遇するためには女性側が自分の意思で持って混浴エリアに降りてこないといかんという構造です。
そんな気合の入ったお姉ちゃんがおったとはー。


引越し作業継続のため、朝一で学校帰還。
シルクでちょっとだけフォースをやって憂さ晴らしした後、家で片付け開始。
そしてこの日だけで、尋常じゃない量のゴミ袋とダンボールをこさえました。

引越し屋にも連絡して、木曜と来週の水曜に引き取りに来てもらうことに。
ただ、料金が結構な値段になるらしく(涙。


3月18日

午前中は引越し作業。

午後は学校で、今までの研究成果の概要をパネルにまとめる作業をしました(僕がいた研究室の伝統なのです)。わりとあっさり終わってしまったので、自転車で広瀬川の河原を走り納めに。
走ったのは、秋ごろ走っていたマラソンコース。夕暮れの景色が綺麗でした。この河原には鳥が多く飛んでいて、水鳥の鳴き声とかが時々聞こえてくるのが好きでした。

その後は研究室の私物を整理し、膨大な量の紙ごみを捨てて21時ぐらいにシルクハットへ。そこでは人がいるにはいたものの、どうもCPU派だったみたいなのですぐにクラセガに移動。したら犬氏と隊長がCPUしていまして。
隊長や犬氏からENDカードもらいました。そしてその後、僕が隊長に「赤いライデンのENDカードも欲しいです」という一言がきっかけで、1 on 1突入。
その後AI使用の2 on 1を経て、2 on 2になったんですが。

犬氏と行き会うと、帰りはCAT.Vのところまで一緒に帰るのが常になってます。
この日は引越しの話題とかで話をしていたような気が。


そして、板に長いカキコをしようとしていたら、なぜか回線が繋がらない罠。
この時点で3時。そしてなんか唐突に、頭の中でカシオペアの「ASAYAKE」がリフレイン。
「もうこの際寝ないでいて、このまま明け方の紫山にでも行くかー」とか謎なことを思い立ちました。


3月19日

5時20分ごろ、紫山に向けて出発。
かすかに空が明るくなり始めていましたが、街はまだ完全に眠っているような状態。かつてこの時間に学校に行っていた頃の記憶がリフレイン。
時々シャッターを切りながら北へと移動し、高速道路を渡るあたりでちょうど日の出。朱に染まるシェルコムや泉中央の街が綺麗でした。
朝日の泉パークタウンの景色は、今まで見たことがなかったのですごく新鮮でした。しかも空が晴れ渡っていて、透明感のある青さがなんともいえなかった…。
道中ファミリーマートでパンを買い、紫山二丁目公園で朝食に…。

この時点でもう、この地に未練がなくなった気がした。一番見たかったものを見たような気がして。
そしてようやく、この地に別れを告げられるようなそんな気がしました。


家に帰ってから、4時間ばかり仮眠。
14時に再起動して、引越しの荷造り再開。
17時ごろ引越し代金の分を下ろしに行って、その足で床屋に行って髪を切ってもらいました。


明日はいよいよ、引越し荷物第一陣が四国に向かって旅立つ日…。


3月20日

クロネコが来るのが思いのほか遅くなり、引越し荷物を送り出したのが17:00過ぎでした。
大量にあったダンボールがどんどん減っていき、家の中が次第にがらんとしてくるのが妙に辛いです。荷物を送り出した後、精神的に耐えられなくなって街に出ようとしまして。

でも、途中でなんとなく黄色いからすに行けるうちに行っておきたくなり、こまくさ苑前バス停のところで引き返し、昨日行ったばかりの紫山へ。

夜の紫山は、そういえばこれが走り納め。
紫山公園の街灯が全部点灯している景色は、今日はじめて見ました。いつもは白熱灯のほうは消えているのに。
昨日見たばかりの二丁目公園は、夜の静寂に閉ざされてまったく違う景色でした。
でも、北側の空き地はなぜか同じ気配なんだよな…。

この日は僕が黄色いからす最後の客だったらしく、ご主人といろいろと話しこみました。
運送会社や独身寮の話題もでましたが、今回は引越しの話題がメインでした。
この店は元々山形にあったらしく、仙台には店の中身を丸ごと持ってきたのだそうです。その時は全部業者がやってくれて、ご主人は皿一枚触らなかったのだとか。
ただ、4トントラック2台を使ったとのことで、料金もかなりしたのだそうです。
「引越しって、結構金かかるんだよ」
「ええ、今回自分でやってみてよくわかりました」

なにより、人と話をするのがすごく楽しかった。この時は…。

最後に一回、今度の月曜の昼に会いに来るとご主人に言うと、「それじゃ、その時是非なにかご馳走させてください」というお返事が。
もう嬉しくて。「必ず来ます!」と約束して帰りました。

別れがますます辛くなるかもしれないけど、嬉しかった。
ここに来て本当によかった…。


3月21日

お彼岸なので、祖父の墓参りに東京まで移動。
家族と落ち合う予定が、なんかお互い待ち合わせ時間を間違えていたらしく、僕は家族よりも大幅に遅れて到着(汗。

線香をあげて手を合わせたあと、上野駅に移動。
ストレスに苦しみながら(汗)昼飯を食べた後、高崎線で熊谷に移動し、そこからバスで太田へ。

高林のショッピングセンターラブで、しばらく無意味にだべっていました。

ここはまだ、この後も何とか来られそうな場所。
季節によって店内のBGMは変わるんですが、やっぱり毎時:00直前にかかる例の曲は変化が無いみたいです。
本屋で「魔法使いに大切なこと」の小説版をゲットし、砂場でけんちんうどんを食べ、例の曲を二回聴いてからラブを出ました。
どうせまた今度、帰省したときにはここに来れるからね。仙台のときより気が楽…。

(母方の)祖母は実家にはおらず、どこかの施設に入ったとのこと。
近所だというので明日会いに行くことにして、就寝…。


3月22日

祖母に会いました。
痴呆が進んだと聞いて心配だったのですが、いざ会ってみたら、体は弱っている様子があったものの、ちゃんと僕のことはわかってくれました。
祖母はしかも、僕のキャラクターをよく理解していたみたいで、色々と社会に出るに当たってこういうことに気をつけろというような話をしてくれました。
ごく短い間の再会でしたが…。会えて良かった。がんばって、長生きして欲しいです。

父方の祖父祖母にも会ってきました。こちらはまだまだ元気そうでしたが。
就職祝いをずいぶん貰ってしまった…。いずれ、生きているうちに恩を返したいもので。

この日もらった手紙は、よく心に留めておきます。

その後、利根川の河川敷を走ってきました。
ここにはもう、菜の花が咲き始めていまして。まだ「黄色いじゅうたん」というほどではないにしろ、四国に旅立つ前にここに菜の花が咲いている景色を見ることができてよかったです。

母校の中学は、なんか全然違う建物になっていました。

ちぐらさんは、猫風邪を引いているらしく最近痩せてしまったとのこと。
でも今日見たら、鼻水出てたけどそこまで調子悪そうではなかった(元気は無かったですが)。


3月23日

父の車とともに仙台に帰還し、実家で預かってもらう分の荷物を持っていってもらいました。
その後は延々と、残り物の梱包&掃除。ただ掃除がとても終わりそうに無い(汗。

結局、手が回らなかった分は、敷金で掃除してもらうような形になりそうです(涙。すまん、この部屋。
できれば、別れ際までに綺麗にしてやりたかったんだけど。

明日はある意味祭りです。なんとか一日空けておきたいので結構がんばってみた。
どうにか間に合うかどうかってレベルだなぁ…。

明日の僕へ>
26日はこの部屋に寝泊りできる状態ではなくなるので、とっとと宿を手配してください。凍えて死にたくなかったら。


KHSさんのサイトが閉鎖されるのに、計らずも立ち会うことに。
早くネットに帰ってきてください。んで、またチャットで遊びましょうw。それまでは仕事のほうをどうか頑張ってください。
僕も頑張りますので。というかお互い頑張る方向で。
そしていつか、辻包囲網を実現する方向でw。


3月24日

長い長い一日。


この日はまず、黄色いからすに行く約束があったので朝方から紫山へ。
そしてこれが、紫山の走り納めということになりました。
この前日に128MBのスマートメディアを購入し、バッテリーの充電も完璧に。道中思いで深い景色を弾切れを気にせず撮りまくってきました。

紫山公園では、壁の落書きを消す作業をしている人たちが。あと犬の散歩をしている人たちもちらほらと見かけました。さすがに遊具で遊んでいる子供とかは居ないだろうなーと思っていたら、母親連れの小さな子供が何人かいまして。
でも静かでした。休日の昼間などは、親子連れが広場でボール遊びをしていたりして、かなり賑やかになるところです。そういう景色が好きだったんですよね。
紫山公園の北側地区にも足を伸ばしてみました。初めて来た時に、山の上を歩いてここに来たのを思い出したり。

二丁目公園には、猫を連れた女の子が居ました。
ここは自分的に伝説になっている場所で、虹をはじめ色々と綺麗な景色(という表現では語りつくせないぐらいのもの)と出会いました。公園自体も手入れが行き届いたいい公園で、雰囲気も結構気に入っていたりします。
この日、初めてここの遊具の上に立ってみました。

ここの伝説の一つに、僕がここに向かうと多少天気が悪くても大概晴れ間が覗く、というのがあります。今日も家を出た時には曇っていたのですが、ここに着くころにはすっかり晴れ渡っていました。
最後に、虹の写真と「空まで届く小道」の入り口の絵を撮影したアングルからもう一度写真を撮りました(ウチのHP、ここで撮影した写真がTOPとバナー含めてかなり多いです)。

金港堂で「魔法使いに大切なこと」の2巻を購入し、黄色いからすへ。

入り口で、買い物帰りのご主人とばったり遭遇。「おはようございます」と挨拶を交わしまして。
まだ人の居ない店内で、僕は今まで頼んだことの無かったビビンバを頼んでみました。
ずいぶんゆっくり食べていた気がします。ただそのころからちらほらお客が来始めたので、ご主人が忙しくなってしまってあまりお話ができなかったのがちょっと残念でした。
デザートはグレープフルーツゼリーを使ったケーキ風のお菓子。
なんか、初めてここに来た時のことを思い出してしまったり…。
なんというか…本当にご馳走様でした。わざわざ僕なんかのためにここまでしてくださって。
また、仙台に来る機会があったら必ず寄らせて貰います。その時を心から楽しみにしています。どうかいつまでも、お元気で店を続けてください。

紫山二丁目公園にもう一度行き、別れを告げた後宮城県図書館に移動。
しかし、この日は残念ながら休館日。ここにも最後に一度寄りたかったけど…。

みんなから貰った翼、大事にします。本当にありがとう。


その後は泉中央経由で高玉町の八文字屋書店へ。しばらくだべった後、本を二冊購入してここともお別れ。
ちょっとダイエーに寄って缶ジュースを飲んだ後、市街地までのロングラン。

青葉区役所で住所変更届を書こうとしたら、引越し先の住所がわからなく断念(涙。
とりあえず、仙台駅のびゅうプラザで羽田−松山の航空券を確保。

学校に行って、私物の片付けとデータディスクの提出を済ませた後、翌日の卒業式が何時かわからなくなったのでK氏に連絡。K氏もわからないとのことでしたが、その後「そういえば、お前山の上の某研究室(ウチの研究室と友好関係)に修論持って行ったか?」

寝耳に水。

大慌てで山の上まで自分の修論を運びましたよ(涙。もー。
つーか毎度のことながら、そういう話は早く伝えてくれってば(涙。

結局、仙台の走り納めにふさわしい長距離走行をやってしまったわけです。


その後かねてよりの約束どおり、クラブセガへ。
行ってみたらもう結構人が揃っていました。んで、デジカメをみんなで回してスナップを撮りまくりながらプレイ。
人がそれなりに集まってきたら集合写真を撮るという話だったので、撮ったわけです。
シャッターを店員さんに切ってもらうという暴挙を働いて。
この日だけでだいぶ撮ったなぁ…。そして撮った分はCDに焼いて配ることに。

隊長とは一回だけしか組めなかったのがちょっと心残りでした。あー、もう一つ、SHOさんと会えなかったのも残念だったなぁ。
プレイの調子は相変わらずで、主に犬氏に多大な迷惑をおかけしました(涙。ERO君と組んだ時には5連勝できたけどねー。
でも楽しかった。最後にいい思い出になりました。

犬氏へ。ムリにとは言いませんが、やっぱりそのうちページ作ってくれると僕は嬉しいです。
みんなでページ持って、みんなでリンクしあって縁を繋ぎ続けたいなぁ、と。


3月25日

卒業式でした。

学部の時となぜか一緒で、遅刻寸前に入場したり、総長の祝辞を寝ながら聞いていたりとろくなことしてませんでしたが。

でも、節目ということで出ておきたかったのです。

帰りに研究室によって、最後の挨拶を。
K氏ともこれでひとまずお別れです。
ただ、この研究室の教授が来年の3月に退官される予定で、その時に同窓会みたいな感じで仙台に集まるらしいので、おそらくその時にでも再会できるでしょう。
K氏はその時のために有給を使うとまで言っていた…。こりゃ僕もサボれんわな(汗。

その後は、青葉区役所で住所変更の手続きをし、家に帰って最後の片づけを。


久しぶりに、湯船にお湯を張りました。普段は面倒くさくてシャワーだけで済ませてしまうんですが。
最初のころは毎日湯船を使っていたので、最後ということで。
久しぶりの湯船はちょっと狭く感じました。体を曲げないと入れないんですが、途中足がつりかけて「もう若くないんだなぁ」と感じたり。
でも気持ちよかった。

BBSに長いレスを書いてから就寝。今日がここで過ごす最後の夜…。


3月26日

午前中に、洗濯機をリサイクルショップに引き取ってもらいました(引越し先の寮には共同洗濯機があるので、持っていけないのです)。売値は500円でした。
どうか、いい人に買われてくれ…。

引越しの準備そのものは昼過ぎにはすべて完了し、あとは引越し業者を待つのみとなったのですが…これがいつまでたっても来ない。
16時を過ぎたあたりでさすがに業者に確認の電話を入れました。したら、なんかオーダーがうまく担当部署に伝わっていないとかで、もう一度詳しく依頼内容を訊かれましたよ(涙。シーズンで忙しいのはわかるんですが、そういう対応はないんじゃないかと。
クラセガに行って先日撮った写真を焼いたCDを配る約束をしていたので、さすがにこの遅れにはやきもきというかイライラしたというか…。
そうこう言っている内に日が完全に暮れてしまい(まさか、17時に荒巻小学校から聞こえてくる「夕焼け小焼け」のメロディをこの期に及んで聞くことになるとは…)、業者が到着したのが19時過ぎ(涙。
ただ、到着した後は恐ろしい手際で次々に荷物を運び出していったんですが。

パイプ棚とか本棚とか、積み込み時に分解されたのがいくつかあったのが気になったなー。
特にパイプ棚、組み立てる時にかなり苦労した代物だったんだけど…あれは向こうでまた組み立てないといけないのか…(汗?

そんなことをやっても、本棚は結局コンテナに収まらず、自転車ともども別便で送ることに。

そして引越し料金は、この日だけで12万オーバー(滝汗。
あー。うー(涙。


荷物をすべて積み出してしまった部屋は、すごくがらんとして見えました。


その後急ぎクラセガへ。今日はさすがにアパートで寝泊りできる状態ではないので宿を手配しており、チェックイン時刻の関係で22時過ぎにはいかなくてはならない状態でした。それなのでもうほんの短時間しかいられないことに(涙。
犬氏とハジメさんがいるのは知っていたけど、隊長をはじめ結構多くの人が来ていました。CDを希望者に配り、残りを犬氏に預けて。
初雪さんやSHOさんと最後に会えました。嬉しかったです。
RXさんとSHOさんからはENDカード貰いました。

フォースは相変わらずの調子でしたが(涙。
すいません皆さん…。次にお会いできる時までには、本当に少しマシになっておきます。
マウンテンには完全敗北だったなー。技術的にもだけど、メンタル的な戦いで。
最後に、記念にイータAIを作りました。2枚目です。まだデフォ程度にも育っていませんが、記録として残しておきたかったのです。

本当はもうちょっと長く、みんなとフォースしてたかったんだけど…なんだかあっという間にお別れの時間になってしまったわけで。
結局ばたばたしながら慌しく別れを告げました。特にプレイ中だったヒロネ隊長には、一言しか挨拶できなかったなぁ…。

皆さん、本当にお世話になりました。
またそのうち、どこかでお会いできる時を楽しみにしています。その時まで、どうかお元気で。
本当に楽しかったです。


宿では、寝不足覚悟でレポート用紙の裏側に絵を描いていました。
Webに公開するものではありませんが、最後にどうしても描いておきたかったのです。6年間過ごしてきた、仙台への「ありがとう」の気持ちを。


3月27日

仙台に居られる最後の日。
宿を9時ぐらいに出て、荷物をコインロッカーに預け、バスでアパートに。最後の役目を果たしに。

部屋は本当にがらんとしちゃってました。今は日が出ているので、ますますもって様子がよくわかります。
居間は6畳一間だったんですが、暮らしている時はもっと広く感じていました。でも空の部屋になったら、確かに6畳というか、「こんなに狭かったか?」という感慨にとらわれました。
そして、この部屋に初めて来た日のことを思い出していました。あの時は引越し荷物を運んでくる父親の車がなかなか到着しないで、部屋の隅に体育座りしてじっと待っていたっけ…。こんな風に。
終わりと始まりが重なっているような、不思議な痛みを伴う感覚。


電気とガスを清算し、ごみを捨て、最後に管理会社の立会いがあるまでしばらく時間があったので、裏のスーパーに最後のお出かけ。
本屋でしばらくだべった後、本屋付近に出店していたお茶屋さん「かんちぇん」に立ち寄り、最後の挨拶を(←9月の日記に出ていた「かんちぇん」さんと同じ店です。4月頭までここにいるのだとか。ちなみに一昨年の12月、ちょうど僕がフォースを始めたあたりからの付き合いでした)。
今度からメールによる通信販売を始めるという話でした。この話は本当に朗報。四国に居ても、ここのお茶が飲めるのは本当に嬉しい…。そのうちHPも是非立ち上げてほしいものです。
最後にいくつかのお茶と、ケニア製のブレスレットを買って最後のお別れをしました。

めんぼうは臨時休業でした。ここの奥さんにも、挨拶しておきたかったんですが。


管理会社の立会い検査もつつがなく終わり、ついに6年間過ごしてきたこの部屋とも最後のお別れ。
今まで本当にありがとう…。


新幹線までだいぶ時間があったので、クラセガでちょびっとCPUでもして暇を潰そうかと思いました。
行った時には誰もおらず、まったりと「二代目イータAI」の性能テストをしながらCPU。スラッシャーの写真を撮影とかしていると、その現場をYUUさんに目撃されて激恥ずかしくなった罠。
そしてYUUさんとの最後の戦い。テムF、J+は敗れたものの、デルタが奮闘。
やがて偶発的に2 on 2突入。僕はYUUさんと共闘。なんか向こうがやや微妙な機体を出してきたので、僕も彼を使ったわけです。
僕のルーツを。

TEMJIN707J/c

YUUさんパワーで2連勝まではできたものの、最後のテムA二体に対して僕が前ビを被弾しまくり敗北(涙。申し訳ない。
でも、最後にこいつに乗れてよかったかもしれない。色々な思い出が詰まった機体だったから。

最後にYUUさんとENDカードを交換し、お別れの挨拶をしてクラセガを後に。


ヨドバシで時計を買いました。タフソーラの電波時計を。

17:30のやまびこで、仙台を発ちました。
今までありがとう…。いつかまた必ず、街やみんなと再会できますように…。


3月28日

この日はまず、佐野のアウトレットモールにバッグを買いに行きました。
今まで使っていたスポーツバッグでは少々容量不足を感じてきていたので。
んで、ポッケが3つ付いたなかなか使い勝手がよさそうなやつをゲット。

ただ、すごい勢いで花粉が舞っており悶絶しましたが(涙。くしゃみが止まらないったら。


この日は夜に旧友と出会う約束があったので、その前にちょっとお出かけ。目的地は利根川。
そろそろ菜の花が咲いていてもいい頃だったので、もしかしたら土手が「黄色いじゅうたん」になっているんじゃないかと思ったわけです。この景色好きなんですよ。
行って見たら…ほんの一部だけですが、それでもそこそこ長い区間が「黄色いじゅうたん」になっていました。
ちょっと残念なことに、到着が遅れてしまったので菜の花が夕焼けに染まった景色は見られなかったんですが…それでも、四国に行く前にこの景色に再会できてよかった。
来年はさすがに無理だろうけど…この先も、ずっとここで毎年咲きつづけて欲しいです。

約束の時間までちょっと間があったので、暇つぶしも兼ねて色々あちこち走り回ってきました。
そうしたら、結構釣果がありました。
長年移転先がわからなかった、あるパスタハウスの行方がようやくわかったこと。
夜の運動公園の景色を見られたこと(体育館に明かりがともっているのは本当に久しぶりに見た。昔はあの中で大会に参加したりしていたもんだった)。
鶴生田川に、早くも鯉のぼりがかかっていたこと(まだ3月ですが。でも綺麗だった)。くわえて桜が咲きかけているのを見られたこと。
色々、写真に撮っておきました。


件の友人(実は大晦日に再会した彼)は、実はまだ実家に帰っていなくて(汗)、僕が時間つぶしでウロウロしている最中にようやくこっちに向かって出発したとか(涙。
それでも、時間通りにたどり着く辺りはさすがというか。
でもできれば、安全運転でお願いします(涙。こちとら暇人で、多少遅れても別にいいんだからさー。
んで、焼肉食ったり刺身を食ったりしながら酒飲んで談笑。
彼は高校で数学を教えている教師二年生。でも最近は、色々と気苦労が多いのだとか。
僕「生徒と仲が悪いとか?」
彼「いや、むしろ仲はいいと思う。でもそうなるとちょっと精神的に重くてねー」
なんでも担当している生徒一人一人に感情移入しちゃうらしくて、彼らが例えばうまく受験とかで結果を出せるといいんですが、もし失敗したりするとどうしても責任を感じてしまうのだそうです。
彼「4クラス持つと、120人ぐらいそういうのがあるわけだ。これはかなりきついぞ(涙」
とか彼は言っているんですが、でもそういうのはかなり重要な素質だと思うぞ。生徒から見ていい先生ってのは、生徒との付き合いを大事にする先生だと知らないわけじゃないだろうに。
きつい気持ちはわかるけど、そこは何とか頑張って、今のスタイルを貫いて欲しいと思ったわけです。んで、GTOみたいないい先生になって欲しいとw、社会人初年度の若輩者は思うわけです。

どうか、がんばってくれ。
もしなんだったら、メールで愚痴でもw。


3月29日

スーツケースを買いに行ってきました。こいつは何しろでかいので、後で四国に送ってもらうことに。
夕方には神社にお参りに行って、夜には昨日見つけたパスタハウスに夕食を食べに出かけました。
このパスタハウスには本当に久しぶりに行くんですが、相変わらず美味しかったです(ちょっと味付けが変わったような気もしたけど…時間がたっているからちょっとわからなかった)。
親も懐かしそうにしてた。

その他は、ただひたすら「幻の翼」を書き続けていました(汗。
どうしても、もう一話就職前に出したかったので。


3月30日

四国・松山まで移動する日。


午前中に、父方の祖父のところに挨拶に行ってきました。
したら…泣かれてしまいました。

本音を言えば、僕だって泣きたかったですよ。嬉しいのと別れたくない気持ちがごっちゃになってましたから。
でも、そんなにまで思ってくれていたのがたまらなく嬉しかった。…頑張ってきます。

昼過ぎに館林を、家族に見送られて出発。

東武動物公園に半蔵門線8000系がいたり、時々東急8500系がすれ違ったりと、東武鉄道の様子もだいぶ変わってきたらしい…w。

羽田からの飛行機では、窓際の席をゲットできなかったので(涙)、ほとんど寝てました。あー。

松山に着いたら、ちょっとだけフォース。
なんか、CPU2本設定に戻ってるんですが。しかもレベルも高くなってるし。
残念ながらこの日は対戦はできず(1 on 1ならできたんですが、見知らぬ人相手にそれをやるのはちょっとはばかられたので…)。

さて、明日はいよいよ会社に初出社です。


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