【1】
VCa0年1月1日 AM6:23 巨大ターミナス・プラント(後のDD−05)
決して太陽の差し込む事の無い巨大のフロアに一組の男女が佇んでいた。
腰までの黒髪、舞台役者の塗る濃く血の様に赤い口紅。綺麗に整った鼻筋を持つ女性。
これはトイフェリアが人間時に使用する仮の姿。
男の方は中年で研究員然とした風貌で不精髭に銜え煙草。一目見ただけで汚らしいと呼ばれても文句は言えない衛生状態だった。
「OMGの詳細を知りたいんだったよな?」
「その通りよ」
男は携帯用の端末を取り出し液晶を彼女に見せる。
「この通りだ。世間は騒ぎまくってるが肝心の主力第1プロダクツのVRが動いてねぇ」
「フェイクね。太陽砲は発動しない訳。やはり、タングラム隠匿の茶番か」
トイフェリアは左目を覆い、左手を額に添える。
「折角、調べたんだ。礼の一つでもしてくれ。例えば、今晩、付き合ってくれるとか。
そうだな。今から、あんたの『君』に付けた悪魔と交わった傷でも付けてくれるなら・」
男の言葉は途中で打ち切られた。
それはトイフェリアが彼の首を片手で掴み、壁に叩きつけたからだ。
それと同時に男の肺から空気が漏れ、彼女の前髪を揺らし、煙草が床に落ちる。
「今度は命を奪うわ。死にたく無ければ、余計な事は口にしない事」
口から泡と血を滲ませる男は必死に頷いた。
「わ、解ったから、手を離してくれ。死んじまう」
トイフェリアは返答代わりに男の鳩尾を強打し、床にほうり出す。
彼女は彼の言葉を聞き届ける事無く、その場から姿を消した。
トイフェリアは再び、某プラントの一室に現れた。
其処には眼鏡をかけた青年が椅子に座り、ファイルを眺めて居た。
「来る頃だと思ったよ」
「ふっふふふ。《君》にはバレてもむしろ、嬉しいくらいよ。
いえ、解っていないと殺すかも」
先程と同一人物かと疑う程、トイフェリアの瞳は夢見る少女のそれと同等の輝きと熱を帯びている。
それもそうだ。彼女はここに移動すると同時に姿を変え、自分が普段いや、人間だった頃の姿に変換していた。
エメラルドグリーンの眼と腰まで達する程長い黒紫の髪。そして、白人と思しき白肌。
だが、それらの美しさをガラス細工に入ったヒビの如く、それを損なう切断された右耳の跡と右目の2cm下には横5cm程の深くえぐれた大きく醜い傷跡が存在した。
「冗談なのは解ってるが怖いな」
青年は椅子に座ったまま、苦笑する。
「私は君を殺したりしない。だって、君は悪魔(私)と契約を結んだ人なのだから。
それより、背中の傷は大丈夫なの?」
彼女はゆっくりと青年の後ろに回り、彼の肩を抱く。
「知ってる癖に。昔の古傷だよ。貴方の爪で付けられた。Xの傷で口の悪い奴には悪魔と交わった傷なんて言われるけどね」
「半分は本当の事。でも、下品な物言いは聞きたくない。やぼ用が済んだら、君を迎えに来るわ」
瞬間、怒りがトイフェリアの眼に浮かび上がるが、それはすぐに消え失せた。
彼女は青年を抱いていた両腕を離し、そして、彼の背中に顔を埋める。
「出る用意はしたよ。行くの? 茶番を壊しに」
「ええ。それと人に会って来る。上手くすれば、彼女を助けられるかも。
・・・私は君の為になら、この世界だって滅ぼせる。イッヒ・リーベン・ドゥ」
トイフェリアは自分が君と呼称する青年の背中へカッターシャツの上から桜色の唇を這わせ、呪を掛けるように言葉を紡いだ後、その場から姿を消した。
【2】
次の瞬間、トイフェリアはOMGが行われている月基地の内部、遺跡最下層に到達するシャフトの中にある台座に立って居た。
通路の奥を見て、彼女は呟く。
「少し早いか、でも、良いわ」
トイフェリアは自らの実体を解き、実体をVR形態に移行する。
その左手には電脳虚数空間から実体化させた斬首用の剣エグゼキューショナーズ・ソードを構えた。
ここまでの事象はトイフェリアの額に存在する第三の眼ルシファーアオゲの計算通りに事は動いている。
ここを通る者は彼女の会わなければならない人物では無い。邪魔者だ。
だが、悪魔の忌むべき邪魔者はすぐに通路から現れた。白いMBV−04 テムジンだ。
周りには仲間、いや、追随するVRすらいない。
「何故、そなたが居る!」
開放回線からの声だ。その主はレオニード・マシン卿。
「殺しておこうかと思って。いえ、OMGの真の意味を地球圏に住む全ての人々に真実を知らせる義務が有るんじゃないかしら?」
トイフェリアは左手で構えていたエグゼキューショナーズ・ソードを右手に持ち替える。
「・・・0プラントの才女と呼ばれたそなたが無残な姿じゃのう。
あの頃のそなたは輝いて・」
「あっははっはぁ」
マシン卿の発言遮る様にトイフェリアが嗤笑し、言葉を紡ぎ出した。
「私はねえ思うの。騎士やイギリス紳士程、信用できない者はこの世に居ない。
何故だか解る? 解らないでしょう? 人間関係悩みの半分は《この人はこうだ!》という押し付けの産物にしかすぎない。お前達はその卑しき意志の集合体。
私にお前の幻像を押し付けるな。己が償いなら、地獄でやれ」
死刑宣告と同時にトイフェリアはマシン卿のテムジンに襲いかかる。
対して、マシン卿のテムジンの反応は鈍く、その顔には奇妙な汗が浮かんでいた。
それは逃げ回る逃亡者のように・・・
だが、テムジンの動きは正確かつ、強力だった。
トイフェリアの上からの斬撃をテムジンを斜め後ろに一歩引き、難無く回避し、素早くMPBL−7を振り、凄まじい一撃は彼女の右腕に亀裂を負わせる。
それは人間状態ならば、腕が半ばまで切断され、血が吹き出しているだろう。
そのダメージで魔女は手にして居た斬首剣を支え切れずに落とす。
「ふっ、さすが伝説の人物か・・・」
トイフェリアは痺れを感じながら、動かなくなった右手をダラリと投げ出す。
マシン卿のテムジンはトイフェリアに止めを刺すべく、走りながら、ライフルを発砲し、間合いを近づける。
しかし、彼女は残った左腕で大量のコウモリを召還し、テムジンの視界を阻み、素早く移動し、歌を歌い始める。
音が反響するシャフト内はすぐに歌声で満たされ、彼女はそれに溶け込む。
「ぐぅ。そ・・そなた、何を・・・した」
遮蔽物に隠れながら、トイフェリアは問いには答えない。
この歌声は人間の耳には聞こえなくする事も可能で複数の対象からを一人に絞る事さえも容易に出来るし、第1プロダクツで作られたVRと言えどもこの攻撃を防ぐ事は現状では不可能だ。
そう、その威力はヤガランデの精神攻撃にも匹敵する。
歌声を聞き続けるマシン卿は目や耳などから血が結露の如く発生し、苦しみにのたうち回る。
頃合いを見計らったトイフェリアがテムジンにヴァンパイアが後ろから、噛み付くような動作を行い、すぐさま、距離を取り、足で跳ね上げた斬首剣を左手でつかみ取った。
「そなた、いや、き、貴公、一体?」
魔女はマシン卿のテムジンのV−コンバータの活性度を吸収し、そのエネルギーで再生させた右腕を確かめるように動かし、冷笑を返しただけで問いには答えなかった。
マシン卿のテムジンが来た通路から現れたマシン卿の部下達が駆るテムジン達を見て、呟く。
「未来は予定通り行かないものね。・・・高い活性度が集まり過ぎたか。任せるわ」
彼女は意味不明の捨て台詞を残し、定位リバースコンバートで消え去った。
だが、彼らはすぐにその言葉の意味を悟る。
後にアジムと呼称される存在が彼らの頭上に居たからだ。
【エピローグ】
トイフェリアが人の状態で実体化した場所は先程訪れた青年の部屋だった。
彼女は昨日、ルシファー・アオゲで演算された未来を思い出す。
遺跡内部に近いデス・トラップと呼ばれる場所で友人の駆るVRの手を握るトイフェリアとしての自分だ。
しかし、それは現実には起こらなかった。トイフェリア自身はその場へ行かなかったから。
「どうだった」
「途中で止めた。私の望みは叶えられないから。それにあの男に汚された気分」
ベットから上半身を起こして問う青年にトイフェリアは心底悲しそうな笑みを浮かべる。
怪訝な表情の青年に魔女は音も無く、豹の様に素早く、隣に座り込んだ。
「ねえ、アスト。私は変わった?」
耳朶に触れる甘い息と濡れた緑の瞳がアストを誘惑した。
「いや、フェリスは昔のままだよ。それより、僕が変わった。貴女より年を取ったし、
僕の中の貴女を押し付けなくなった・・」
アストが言葉を終わらせる前に魔女自らの桜色の唇が彼の唇を塞いだからだ。
「大人の方法で慰めて欲しいと言ったら、軽蔑する?」
数秒経った後、フェリスはベットに横たわりながら、自らの《君》に左手を差し出す。
燕は手を自分の頬に触れさせ、悪魔との契約を更新する。
「君はやっぱり最高ね」
乱れた服を正しながら、自分と契約を更新した《君》を見て、トイフェリアは二重の意味でそう囁いた。
それは自らの《君》が部屋の外にある情報をリークした人物の生首を見ても同じことをする確信があったからだ。
そして、魔女と燕は巨大ターミナス・プラント、後のデッドリー・ダッドリーから姿を消した。