【黒い雪】第4話 ヤガランデ


 ヨッシー准尉は整備中の自機の前で、技術者と話をして居た。
彼女の名前はセラ・タナカ。丁寧に編んだ三つ編みと赤いニキビが特徴的な11歳の少女だ。
 フレッシュ・リフォーの長であるリリン・プラジナーが第9プラント タングラムを設営に携わったのが10歳にも満たない時だと言うのだから、年齢的な不思議は無い。
 タナカはリファレンス・ポイントから派遣された技術者の一人だ。
 その派遣には当然、アリア准将の要請だ。
「アーキー准尉。第3世代テムジンはどうですか?」
「使いやすいよ。ボムの強化されたおかげで助かってる。遠距離の相手に真面なダメージが与えられないとVOX系列は苦しい。それにホーミング性の高さも有り難い」
「武器を褒めないで下さい。自分は機体の事を言って居るんです」
背中を向けたまま、ムッとするタナカの言葉にヨッシーは肩を竦める。
 彼はこういう時の対処法を知って居る。芸が無いが、その通りに言葉を紡いだ。
「新規開発のマインド・ブースターのおかげですこぶる調子が良い。最初からこの機体ならば、余計な損害を出さずに済んだだろうに、そう思うよ」
後半、彼は本心から思う事を口にした。
「ベタ褒めですね。でも、自分達の本気はこんなモノじゃないですよ。このテムジンだってマインド・ブースター以外はただの旧型でしかない。他のVR系列に負けないサバイバビリティを持った新しいテムジンを作って見せますから。アダックスにデカイ顔はさせませんよ」
タナカは敵愾心を剥き出しにして呟く。
「開発状況はどうなの?」
「それは言えませんよ。企業秘密ですから」
准尉の問いはつれなく返された。青年はだったら、そんな話をするなよ。と言わんばかりの雰囲気を漂わせて、苦い表情になる。
「でも、アーキー准尉。期待して下さい。新型が完成したら、初回生産分の一機は真っ先に持って来ますから」
向き直った少女は赤いニビキだらけの頬を緩ませた。その手の趣味の持ち主なら垂涎する笑顔だが、ヨッシーにはただの社交辞令にしか見えない。
「有り難う」
「気にしないで下さい。アーキー准尉は現場テストには打ってつけの人材ですから。
ああ、実験体て意味じゃないですから、誤解しないで下さいね」
その声にヨッシー准尉の作り笑顔は見る見る内に引きつる。
 どう考えてもそう言う意味に聞こえる。本気で言っているのか、悪意で言っているのか、判別が着かないのが、性が悪い。
「やだな。アーキー准尉。誤解してますよ」
その表情を見たタナカはフォローを入れるが、返答を待たずにコクピットに上がり、OS関係の点検を始める。
「仕事熱心なのか? それとも嫌われてるのか?」
ヨッシーは声に出して、溜め息混じりに呟く。
「苦労してるな、准尉」
彼は急いで、小さな上司に向き直り、敬礼する。
「ユウヒ大尉。いえ、仕事はきっちりしてもらって居ますから、トラブルとは縁が無いのですが・・・? 彼は確か・」
ヨッシーは大尉の隣に居た中年の下仕官に怪訝な表情をする。左遷されたと思われたミシュラン・コリン曹長だ。
「ああ。短い、休暇。彼、J/fのパイロットだ」
「大尉には参りました。敵を騙すにはまず味方からですか。兵法の基本であります」
コリン曹長は舞い上がっているのか、やたら、興奮した口調で話した。
 ヨッシー准尉は心の中でうんざりしながらも無表情でそれを聞き流す。
それはユウヒ大尉の腕時計型の通信機の着信音に遮られた。彼女はそれに出た。
焦げ茶色の巻髪の女性がスクリーンビジョンに映し出される。
『ユウヒ大尉。大変です。ヤガランデの多重発生が確認されました。司令部がシュバルツ・シュネーの出撃を命じています』
その場に居た者全ての動きが時が凍りついた様に静止した。
「被害状況は?」
ただ一人止まらなかったユウヒ大尉は状況を報告させる。
『げ、現在、近くを行軍中だった敵のVOX部隊が壊滅。今、SHBVDの一小隊やテムジン配備の大隊が戦っていますが、じ、時間の問題です』
「クリス少尉、呼び出せ、それと付近の地図を。メンバー、少数精鋭、行く。
残り、後ろで防衛ライン、形成する」
震えながら答えるオペレーターにそれを諌めるか如く、小さな大尉は矢継ぎ早に指示を出す。
『は、はい。了解しました』
若干、落ち着きを取り戻したのか、オペレーターは命令を受け、しっかりとした声で返した。
「准尉。お前、出撃してくれ」
映像が消えたと同時に彼女は准尉に命令する。
「了解です」
「アーキー准尉。準備OK」
敬礼するヨッシー准尉にタナカが上から声を掛けた。それに応じて彼はコクピットに乗り込み、テムジン707J/Sが起動する。
「大尉。私は?」
「コリン曹長。少尉、一緒に」
「了解であります」
部下を見届ける事なく、ユウヒ大尉は自分のエンジェランのある格納庫へと急いで走って向かった。

 ヨッシー准尉のJ/Sは二つに分けられた精鋭の内、クリス少尉が率いるb班の後方から2番目を走っている。
 辺りは微妙に赤い雪を積もらせた窪地で大小の落差が有り、強力な火器を防ぐ壁代わりになるだろう。
 ユウヒ大尉はヤガランデに対して、数で対抗するのはかえって被害を増やす事になると考えた彼女はa班とb班に分け、各5機ずつで対抗し、残りは不意の事態に備えて、後方待機となった。
 彼女はa班を率いて、SHBVDの救援に向かった。
一方、准尉のいるb班はもう一体のヤガランデをこちらの有利な地形に誘い込んで撃破するのを目的とする。
 b班の残りのメンバーは先頭から、707Jとクリス少尉のJ/cとコリン曹長のJ/f。最後にJ/cからヘッドパーツを取り除いたJ/S2だ。
『ヤガランデまで後、1320m。こちらに向かって来ています。接触まで後、40秒です』
「誘い込めるな」
オペレーターの声にクリス少尉は勝利への確信を持って呟く。
 だが、ヨッシー准尉は自分の頬に冷たい汗が流れ落ちるのを嫌と言うほど感じてしまった。
 これは自分にインストールされた操縦技術の持ち主の記憶が作用しているのだろうか。彼が受けた説明ではそんな事はあり得ないと断言されているが・・
 准尉がレーダーに目を移すと画面には敵機、ヤガランデまでの距離が表示されている。
その距離は残り500mと表示されていた。
 丁度、隊列の先頭のJ型は谷の出口に差しかかっている。
 青年の脳裏に嫌な予感が、いや、そんなレベルの問題では無い。死神に背中を触られたような身も凍る感触だ。
「クリス少尉。ヤガランデの距離が500mとなってます。確認して下さい」
考えるより早く准尉は叫ぶように言った。
「アーキー准尉。本当か? 確認する。つっ!? ヘンリー、隠れろ!!」
その言葉は先頭のJ型のパイロットに向けられたモノだったが既に遅かった。
 それと同時に光と圧倒的な熱量が先頭のJ型を襲う。
ヘンリーと呼ばれたパイロットが出来たことは僅かに断末魔を上げることだけだった。
 そして、テムジン707Jは微かに人型の形だったモノを残して、擱座する。
余波はそれだけでは飽き足らずに、ヨッシー准尉の手前で小規模の雪崩を起こし、先頭の二機と分断される。
「君は丘の上に回って、援護射撃を! 俺は奴の後ろに回り込む」
「り、了解」
彼は素早く僚機に指示を出し、元来た道を戻り始めた。

 その頃、ユウヒ大尉の慰撫+が率いるa班はSHBVDが戦って居る戦場へと辿り着いた。
しかし、既にテムジンの大隊は壊滅状態に瀕し、彼らが頼りにしていたライデンは三機。しかも、全機とも、その全身は傷だらけだった。
 テムジン達はまるで火災の現場で逃げ遅れた人々の様に横たわっていた。
そして、残った僅かなVRの持つ命の灯火すらも消さんとする狂気のいや、最強にして最も禍禍しい破壊神と化したモノが其処に存在した。その名はヤガランデ。
「兄さん。また、出て来たの」
小さな大尉は珍しく、感慨を込めた声を出した。その表情は普段と変わらず、真意を読み取る事は出来ない。だが、同時に彼女のエンジェランはしゃがみ、慰撫の竜を召還する。
 それを合図にして、a班のテムジンが散らばる。
 目標を定めた慰撫の竜は一抹のためらいすら無く、ヤガランデに突進し、このVRを揺るがす。
ヤガランデは怒りと嫉妬。羨望を込めた視線と共に大尉の慰撫+に向けて、バスターRと称される武器から黄色い光球を放つ。
 ユウヒ大尉の慰撫+は光球をまるで日本舞踊のような緩やか動きで避ける。それは恰も光球の方が避けたような錯覚に陥る。
 その隙を着いて、隊長と思われるライデンD型がバック・スパイダーと呼ばれるユニットを円形状に並べ、レーザーを照射。一筋の光がヤガランデの背中を直撃し、転倒しないヤガランデの最大の弱点をつき、多段ヒットさせた。
 だが、ヤガランデはダッシュし、すぐにバスターLをライデンD型に向け、放つ。それはライデンD型を爆風に巻き込み、FSCの誤作動を引き起こし、火器の使用を一時的に封印する。
 ヤガランデはそのまま、ライデン二機に対して、しゃがみ状態からTFCイレイザーを照射。
ライデン達は辛うじて、直撃は回避するが、手や足を吹き飛ばされ、戦闘不能に追い込まれた。
 その間にテムジンは段差を壁代わりにし、スライプナーをラジカル・ザッパーに変化させ、一斉に照射するが、一筋の光を除き、他は全て回避される。
 だが、その間もユウヒ大尉の慰撫+は的確に且つ確実にヤガランデにダメージを与えていく。
ヤガランデは大尉を無視して、テムジン達の隠れる雪や丘に向けて、TFCイレイザーを発射。壁ごと、彼らを吹き飛ばし、大ダメージを与える。
 爆風ごと木の葉の様に空高く舞い上げられた彼らは辛うじて着地した者も居たが、全機とも既に各部に故障を発生し、戦闘の継続は不可能となった。
それらに止めを刺すように追い打ちの光が彼らを焼く。
 a班はユウヒ大尉の慰撫+とライデンD型だけになってしまう。
「私、引き付ける。貴方、攻撃を」
動揺した様子も無く、大尉は静かに言葉を紡ぎ、慰撫+はヤガランデに向かってゆっくりと歩き始めた。

 [続く]


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