【黒い雪】第二話 極冠へ


 ヨッシー准尉は砂漠から移動し、空中VR輸送艦メルデンの中に居た。
このメルデンはテムジン系列配備の特殊部隊シュバルツ・シュネーが火星戦線を移動する為に開発された。
 彼はユウヒ大尉に招集され、ミーティングルームへと赴いた。
「ヨッシー・アーキー准尉。只今、参りました」
彼が敬礼したのと同時に開いたドアの向こうには広い部屋の中、円卓に座るのは彼の所属するシュバルツ・シュネーのメンバーの中でも、古参の者か、現場で最高司令官ユウヒ・サイナ大尉直属の部下達だ。
「ご苦労。ヨッシー准尉。私の真向かいの席に、座りなさい。話、それからです」
クリーム色の長髪を持つ背の低い女性、ユウヒ大尉が無表情いや、無感慨に告げた。
言葉がたどたどしいのは部下達の言語で喋っているからだ。
 ヨッシー准尉は上司の真向かいの席に座る。
「招集、理由はアリア様からの通信映像、見てもらいましょう」
ユウヒ大尉の言葉に答え、部下の一人がリモコンのボタンを押し、それに併せて円卓の中心から、黒きドレスを優雅に着こなす15歳位の少女の全身が立体映像として現れた。
 彼女がユウヒ大尉の上官アリア准将だ。アリア准将は元々、FR−08の運営を取り仕切る幹部の一員だったが、現リリン体制に左遷され、今は戦術プロデューサーとして、DNAやFR−08の特殊部隊の作戦立案を取り仕切る一人として活躍している。
 それは彼女自身の意志という噂も在るが真相は定かでは無い。
「ユウヒ大尉。また、面倒が発生しました。極冠で我々側の一個中隊が壊滅しました。
相手は我々の調べでは敵はVOX系列と思われます。この意味が分かりますね?」
アリア准将の言葉にその場の人間の表情が凍りついた。
 その言葉の意味を一番最悪のケースに当てはめると第3プラント アダックスの反乱を意味する。
「しかし、複数の情報筋から得た情報から、極冠でVOX系列配備の部隊が忽然と姿を消したと言う報告が入っています。我の考え過ぎか、狂言か、それとも、我々の掴んでいない事実が裏に有るか、それを調査して頂きます。察していると思いますが、最悪、シャドウの可能性も有りますから、十分に注意して下さい」
アリアが一礼して映像通信は途切れた。
「私、このミッションを受けます。もし、シャドウ、裏で糸を引いて居る、ならば、並の部隊、歯が立たないでしょうし、仮に裏切り行為、あったとしても騒ぎ、大きくしたくはありません」
大尉は座った目で淡々と語った。
「ユウヒ大尉。我々に選択の余地は在るのでしょうか?」
司令官は隊員の言葉に静かに縦に首を振る。
「それでは我々が選ばれたという事ですか?」
「選ばれたと言うより、実力、機密事項に対する態度など多岐に渡る分野、総合的に判断した結果と言うべきでしょう」
「そんな事を聞いてどうする? 敵の装備、戦術、出現場所及び、時刻は?」
ベテランパイロットの問いにユウヒは首を横に振った。准尉の記憶ではこのパイロットは他の戦線で上司と問題を起こして、この部隊に転勤させられた男だ。
 どうやら、有能ぶって飛ばされて来たらしい。
「先程、アリア様、述べた程度の事です」
上司の返した言葉は極めて簡潔で絶望的な答えだった。
 その様子を眺めて居たヨッシー准尉は呆れた意志のこもった溜め息を周りにばれない様に小さく吐き、微かに肩を竦めた。
 ユウヒ大尉の言葉に対してでは無い。この後の展開が読めたからだ。
正面に居た小さな上司はそれに気づき、目でそれを制する。
 そんな遣り取りを知らずに勘違い家の部下は不服そうにまくし立てた。
「大尉はそれで戦えとおっしゃられるのか?」
ユウヒ大尉は頷き、司令官として、冷酷な言葉を投げかけた。普段は部隊内部や上層部にマスコット扱いされる彼女だが、今迄、試そうとした相手や批判的な部下をその絶対零度に比肩する言葉の刃で一刀の下に切り捨ててきた。
 今度もその一つのケースになった様だ。
「貴方、奇襲して来た敵、武装、戦術を教えろと言うのですか?」
ベテランパイロットは勿論、その言葉にその場に居た半分は雪山で凍死した遺体の様に凍てつき、残り半分はいつもの事だと吹き出しそうになるを堪えて居た。
「ユウヒ大尉。準備に要する時間と到着時刻は‥」
青年准尉の言葉に小さな大尉は口元に微かな笑みを浮かべて、言葉を紡ぐ。
「大丈夫ですよ。ヨッシー准尉。既に我々のVR、メンテナンスに整備班は取り掛かっています。全員、このミッション、参加しますか?」
その言葉に各々が負けじと声を張り上げ、競って参加を申し出る。
 ヨッシー准尉のみが沈黙を保っているが、大尉は視線を合わせただけで察した様に幕引の言葉を発した。
「愚問、でしたね。それと貴方には残ってもらいます」
部屋の長は先程、反論したベテランパイロットを指差し、その他の部下をミーティングルームから出るように促す。
 それを受けて、ヨッシー准尉を含めた全員は外に出た。

 それから、4時間後、メルデンは極冠手前の中継基地に着陸し、補給を受けて居た。
 この中継基地は前時代のテラフォーミング化計画時に建設され、極冠で採掘した氷などを輸送する為に作られたが、長い間放置されたモノを回収して使っている。
 そんな基地内の遊戯ドームの中、奇怪な出で立ちをしたユウヒ大尉がホログラムに地球の自然を映して、草の上に寝転がり、森林浴をして居た。
 其処に報告にやって来たヨッシー准尉は奇妙な感覚に襲われる。
彼が火星に来たのはつい数カ月前の事だが、やはり、地球から離れた場所に居るのは落ち着かないらしい。
 実際に准尉がこの世界に、この時代、この因果律の上に居ない限り、在り得ない事なのだから当然と言えば、当然の事だろう。
「大尉。補給は順調に行われて居ますが、あの男‥」
「ミシュラン・コリン曹長。休暇、出した。隊、乱れる事、避けたい」
目を瞑っていたユウヒ大尉は察し良く答えを出した。
「そうですか。了解しました」
「待て、准尉」
「なんでしょうか? ユウヒ大尉」
上半身を起こして、自分を引き留めた上司の言葉に青年は敬礼して、当然の口調で問う。
「私的な事。座れ。楽にして」
左手で芝の生えた地面を撫ぜるように薦める。
「了解」
ヨッシー准尉は小さな上司の隣に、指定された場所に胡座(あぐら)を組んで座る。
「准尉は前歴の時代から転送されて来たのでしたね。それを見込んで、この服の意味が分かるか?」
「平安時代、陰陽師が着て居た服装ですよね」
「やっと理解出来る人間、居た。やはり、マシンチャイルド、感性はずれてるのか」
「違うと思いますが‥‥」
「違う? 普通だと思うのか?」
ユウヒ大尉は外見相応の不思議そうな表情を浮かべる。
「別に、ただ、何を着て居ても大尉は大尉で在りますから、ユウヒ大尉のお好きな服を着れば、宜しいのでは在りませんか」
「そんな事、言った奴、初めて。変わってる、前歴人は。あの方、目に掛ける訳です」
「エンちゃん、いえ、エンジェランの事ですね?」
上司の問いに彼は声を小さくして答えた。
ユウヒ大尉は頷きながら、立てた膝に左手を添え、顎を乗せる。
「雑談、なってすまない。それより、お前には戦況、把握してもらいたい。だから、話しておきます。リフォーのテムジン系列配備、精鋭ウインド・ナイツ、壊滅した」
「か、壊滅でありますか?」
ヨッシーの顔が瞬時に青ざめる。ウインド・ナイツはその名の通り、オラトリオ・タングラム時に疾風の如く、颯爽と戦場に現れ、相手を壊滅に追いやったエリート部隊が壊滅したと言うのだから。
 ちなみに同じく、リフォーを主とするシュバルツ・シュネーはビジュアル戦闘で限定市場を沸かせてきた部隊で在り、実力的には数在るテムジン配備の精鋭の中では並より上くらいでしかない。
 その実力から、火星戦線には最後発組で情報と火星戦線に対する準備を怠らずにやって来た為に今の彼らが在るのだ。
 それは一重にこの部隊の運営権を持つアリア嬢のお陰だろう。
「ああ。油断、在った上、元から第2世代VRと第3世代VRの差は顕著。その上、無理な行軍、強行して、分断された後、個々各破された。皮肉な事、上位に居るのはホワイト
・フリート除いて、まともに動けるのは我々くらいだ」
「第3世代テムジンもやっと届いたところですからね」
准尉は肩を竦め、自分の上司アリア准将が有能かつ、現場を重宝する人物で在った事に感謝した。第3世代テムジンも彼女の尽力の賜物だ。
 そうでなければ、今頃、この部隊は消滅して居ただろう。
「油断、しないで。話、ここで終わり。時間、取らせて、御免」
「いえ。では‥‥ん?」
上司の言葉を聞き、立ち上がったヨッシーは胸ポケットから、カード状のモノを取り出して、立体液晶ディスプレイを覗く。
 持って居る本人しか見えない立体映像が現れる優れ物だ。彼の居た世界ではメール機能と称するモノに似ていた。
「気、しないで」
ユウヒ大尉はそう呟き、再び、仰向けになり、人工的に作り出された空を見上げる。
 ヨッシー准尉は敬礼し、ディスプレイにコードを入力し、メールを出した。
彼の目に20p前後の立体映像でエンジェランが現れる。
『エンジェランです。ヨッシー准尉。ウインド・ナイツが壊滅した事は知ってますか?
‥‥‥話にくい事ですが、わたしの口から伝えます。ゼー=セラビィス中尉が戦死しました。
 ‥‥‥これであの時、わたしが拾い上げた方は貴方一人になってしまいました。
絶対に死なないで下さい。わたしの最後の希望。では、また、連絡します』
最後に少女は目から一滴の零れ落ちた。それは風圧に耐え切れなくなったシャボン玉が弾ける様に‥‥‥
「エンちゃん、心配、有り難う。セラビィスか、嫌な奴だったけど、死ぬとな‥‥」
青年は返信を打ちながら、呟く。
「聞こえて、すまない。ゼー・セラビィス中尉、事か?」
ユウヒの言葉に返信し終えたヨッシーは現実に引き戻させる。
「は、はい。大尉」
敬礼する准尉に目を瞑ったまま、ユウヒ大尉は言葉を紡ぐ。
「彼、出世頭。でも、指揮権、与えられなかった。それがフレッシュ・リフォー、一部、やり方」
ユウヒは幼い容姿に憂いを込めて言った。リリン体制下でも、こういうことは在ったのも事実である。特に異界から来た彼ら【エトランゼ】は事在るごとに無理難題や、不当な扱いを受けた。
「准尉、恵まれてる。でも、それ、私達、かも知れない」
小さな上司は目を開け、微笑んだ。だが、青年は目を丸くして、反応に困っていた。
フレッシュ・リフォーの中でも強力な発言権と人脈を持つアリアは出身や経歴などを問わず、能力、人柄を選考基準にしている為、このような事は起きないし、厳罰を持って対処していた。
「貴方、貴方が思う以上、皆を励ましてる」
「あ、有り難う御座います。これで失礼します」
ヨッシー准尉は思いもかけない大尉の言葉に頬を掻きながら、深々と頭を下げた。
「今度、戦場で」
ユウヒ大尉はそう部下を送り出した。
[続く]


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